フリースタイラーの変遷

□世界への挑戦編
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(染岡視点)

円堂と水津を2人きりにするのが嫌で参加すると言った勉強会。
当日蓋を開けたらメンバーが増えていた。
水津自身が英語が得意ではないからと、ヘルプに呼んだ一之瀬はまだいい。
なんでこいつがいるんだよ、と薄紫色の長髪の男を睨みつける。
影野は、水津の家で勉強会をするという話をどこからか聞きつけて、自ら参加したいと水津に志願したらしい。
水津の性格じゃ気前よく、おいでおいでと言った事だろう。


「おっ、このボール!」

木枯らし荘の水津の部屋に足を踏み込むなり、ベット際のチェストの上に置かれたボールを見て円堂が駆け寄った。

「これ、いつも水津が使ってるリフティングボールよりでかくないか!」

水津がいつも使ってるやつはポケットに入るサイズのすげえ小さいやつか直径10cm位のやつだが、飾ってあるそれはサッカーボールとあまり変わらない。

『いつものはコントロールを身につけるために小さいの使ってるだけで、実際はその専用ボールとかサッカーの公式球で試合やるんだよ』

「へー!」

キラキラと目を輝かせる円堂を見て水津がニコリと笑った。
あー、これは心から笑ってる時じゃねぇな。

『お勉強もそのくらいの関心を持ってやろうね』

水津はそう言って円堂の腕を掴み、部屋の真ん中にあるローテーブルまで円堂を引っ張ったあと、肩を押してその場に座らせて、自分も隣に座った。水津のあの笑みは、絶対に勉強から逃がさないぞ、という圧だ。
あまりの凄みに円堂も大人しく、はい、と頷いてカバンから教科書とノートを出し始めた。

『3人も座って座って』

水津がそう言うやいなや、うんと頷いた影野が水津の対面に座った。
こいつ、ちゃっかりしてやがる。と、睨む俺の肩をぽんぽんと軽く一之瀬は叩いた後、影野の隣……つまり円堂の正面に座った。
残された俺は、所謂お誕生日席、水津と影野の側面に腰を下ろしたのだった。


「化学変化全然分かんねぇ」

『H₂Oが水なのはわかる?』

「聞いた事はある!だけどなんでそうなのかは知らない!」

『授業でちゃんと説明あったと思うけどなぁ……。まず水は電気分解すると、水素と酸素になるのね。ここまではわかる?』

「えーと……」

『そこからか。そうだなぁ……、ほらサッカーで言えば、染岡と豪炎寺のドラゴントルネード、これを元のそれぞれの技に分けたらどうなる?』

「ドラゴンクラッシュとファイアトルネードだろ?」

『そう!このそれぞれ技のことを原子と言うと思って。水は、水素と酸素と言う原子が合体して出来てるの。だけどその割合が1:1じゃなくて2:1で出来てるのよ。だからH₂─水素が2つ、Oが1つでH₂O』

ちなみにHはハイドロゲンでOはオキシジェンの略ねと水津が円堂のノートに書き込んでいく。

「つまりドラゴントルネードみたいに、2つの名前が合体してるのか!」

『そうそう!英語の塊だと思ったら難しそうに見えるけど、合体技だと思ったら取っ付きにくく無くなったでしょ?』

「ああ!」

円堂が分かりやすいように身近なサッカーにたとえながら水津は勉強を教えている。
正直、俺もあんまり理科得意じゃねぇが、今の説明はスッと入ってきた。
こいつ教えるの上手いよな。勉強もだが、サッカーなんかも1年生達に教えたりすんの丁寧だし、ちょっとできたらすぐ褒めるしな。……褒めてすぐ人の頭を撫でる。

今も他の化学式を書いてみせ、正解した円堂の頭を撫でている。ホント、頭撫でんの好きだな。

「水津さん、これ教えて欲しいんだけど……」

ずい、と影野が水津側にノートを押した。

『ああ、それはね』

円堂の頭から手を離し、身を乗り出すように水津はノートを覗き込む。

『ん、と……これはねぇ。この式を使って……』

ペンをとって水津は影野のノートに反対向きに書き込んでいく。

「あー、なるほど」

書き込まれた文字を見ようと影野もずいと身を乗り出した。

………近くねえか。

2人の顔の距離は数センチ。

やっぱり近すぎんだろ。
そう思っていたら、ふいに水津がこちらを向いた。

『どうした?さっきからじっと見てきて……わかんないとこある?』

「ばっ、見てねえよ!」

思わず照れ隠しでそう言って身を後ろに引く。
クソッ。せっかく気にかけてくれたのにこれじゃあ印象最悪じゃねえか、と思って水津を見れば、彼女は小さくクスッと笑っていた。

『まあ、そういうことにしといてあげるよ。で?どこが分からないの?あっ、英語なら一之瀬に聞いてね!』

「水津ってそんなに英語苦手なの?」

純粋に疑問というように一之瀬が訊ねれば水津は苦い顔をした。

『苦手も苦手。プロ目指してた時に必死に勉強したけど全然ダメ』

「プロ!」

勉強で死んでた円堂の顔がパッと輝いた。

「プロ目指してたんだ……。すごいね」

影野のその言葉を聞き水津は悲しげに笑った。

『すごくなんかないよ。馬鹿して結局その夢を自分で潰してしまったんだから』

その言葉で思い返す。
まだ水津が部に入る前、オーバーワークで怪我して大事な大会に出られなくなった馬鹿を知ってる、と言っていた。
今までの話を考えると、アレは水津自身のことだったんだな。

「……でもさ、今は違うだろ?」

円堂のその言葉に水津は、キョトンという顔をした。

「だってここなら足の怪我はないんだし、もう一度プロ目指せるよな!」

ニカッと笑ってそういう円堂に水津は考えになかったのか、ああ……と驚いたように呟いた後、悲しげにそうだねと笑った。


おかしな反応
こいつがそれに気づいてなかったのも変だとは思うが……。
それ以上に普通はもっと喜ぶもんじゃないのか。
ただ、それを問い詰めることは出来なかった。
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