フリースタイラーの変遷

□脅威の侵略者編
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塔子ちゃんの携帯電話に掛かった報せは、財前総理大臣が見つかったというものだった。
春奈ちゃんのPCでネットの生中継を開いて貰って得た情報では、奈良で攫われたはずの総理は東京の国会議事堂の前で発見された、との事だった。
秋ちゃんや春奈ちゃんがよかったね、お父さんに会えますよと声を掛ければ、塔子ちゃんはみんなと一緒に戦うために東京には帰らないと告げた。
けど、円堂が気を利かせて、こっそりと監督に交渉して、翌日の朝には都内の国会議事堂に着き、塔子ちゃんは総理と再会することができた。

攫われた先で何かを見てきた総理は始めキャラバン同行を渋ったそうだが、塔子ちゃん自身の必死の説得により許可を得て、正式にチーム加入が決まった。

総理に別れを告げ、キャラバンは東北方面へと足を走らせた。
数時間走ったキャラバンは、参道を登っていきその途中でブレーキをかけた。
道の駅でもなんでもない山の中で止まった事に皆が、え?と驚きの声をあげる中、瞳子さんはシートベルトを外しだした。

「監督?なんで止まったんですか?」

椅子から立ち上がった瞳子さんはみんなに見えるように前方の中心に立った。

「狭いバスに乗ってばかりじゃ体が鈍るわ。トレーニングをしましょう」

「あ、おっと、」

瞳子さんがそう言えば、私の前の席で慌てた様に春奈ちゃんがゴソゴソとしだした。

「皆さんの為のトレーニングメニューもあります!」

春奈ちゃんがバインダーを掲げて見せれば、やったぁ!と左斜め後ろの席から円堂が叫ぶ声がする。

「お前が書いたのか?」

隣に座っている染岡に聞かれて、いや?と首を振る。
書いてるわけないじゃん。昨日爆睡してたんだから。

「ふーん」

そう言って染岡はそっぽを向いた。

「あれ?...おい?」

染岡だけじゃなくて、他の子達も似たような反応で静まり返り、円堂が1人だけ、みんな...?という反応をしている。
まあ、他の子達は信用出来ない監督のトレーニングメニューなんかしないって意思表示なんだろうけど、瞳子さんに不信感を抱いていない円堂には理解できないか。

流石にその事に瞳子さん自身も気づかない分けなく、彼女は春奈ちゃんの手からトレーニングメニューのバインダーを奪い取った。

「いいわ」

そう言って瞳子さんはバインダーを後ろに放り投げた。
瞳子さんの後ろでは運転席の古株さんが慌ててそれを掴んだ。ナイスキャッチ。

「だったら、自主トレをしてもらうわ。この山の自然を相手に」

瞳子さんが目を細めて、彼らを品定めするかの様にそう言えば、染岡は後ろを振り返った。

「監督のメニューよりはマシだろうさ」

「そ、そうっスね!」

「よぉし!山だ!自然だ!特訓だ!」

円堂がそう叫んでキャラバンを飛び出して行けば他のみんなも同じようにキャラバンを降りていく。実はそれが瞳子さんの手の上で転がされてる事だとも知らずに。

「水津さん」

瞳子さんに呼ばれて、はい?と首を傾げる。

「貴女も自主トレに行って来なさい」

えーと。

『それは、みんなの練習を見て来いって事ではなくて...?』

「貴女自身の練習よ」

『いや、あの、先の戦いを見て頂いたから分かると思うんですけど、私じゃ戦力になりませんよ』

必殺技なんか使えないし。

「ええ、そうね。だからトレーニングをしてきなさい」

そう言って瞳子さんはさっさと行けと言わんばかりにキャラバンの出口を指さした。
んー!確かに弱いならレベリングするのがゲームの基本だもんね。わかるー!
瞳子さんは勝つために使えるものはなんでも使うタイプだしなぁ。致し方ない。

『...行ってきます』

嫌がっても、どうせさせられる事になるんだろうし駄々をこねるだけ時間の無駄なので大人しくしたがっておこう。
キャラバンを降りて、とりあえずどんな練習をするか考える。
昨日の2試合をみるに、やはり2時間近くを走り回るのには体力がいることがわかったし、体力作りと、あとはジェミニ戦では宇宙人たちに全く追いつけなかったからスピード強化か。

『じゃあとりあえず走り込みだな』

そうなると、だ。彼に頼る他ないだろう。

『風丸!』

運動前にダイナミックストレッチをしている風丸に声をかける。

「どうした?」

『私も練習して来いって言われて。とりあえず体力作りも兼ねて走り込みしようと思うんだけど走りのフォーム見てもらえない?速くなるにはきちんとしたフォームを身に付けるべきだろうから』

「速く...か。...そういうことなら構わないぞ」

うーん、私が振っといてなんだが、その間はなぁ。先が分かってるからこそ不安だなぁ。

『ありがとう』

とりあえず風丸に礼を言って、自分もストレッチに入った。

足の筋を傷めないように念入りにストレッチを行った後、風丸に並走してもらいながら山の中を駆け上がる。途中途中で、フォームが悪ければ指摘してもらって進んでいるが、やはり山の中であるから平坦な道ではないしアップダウンも激しく中々にキツい。

『もはやこれトレイルランニングだもんなぁ...』

「そうだな。いいトレーニングにはなりそうだけど、初心者には厳しいな。水津、あまり無理せず自分のペースで走れよ」

『うん』

いや普通にキツイからこれで速く走ろうとか無理だわ...。
風丸は全然余裕そうだなぁ。

『とりあえず、だいたいのフォームは分かったし教えてもらったこと気をつけて走るよ。風丸も自分のペースの方が走りやすいでしょう?後は1人でやってみるよ』

「ああ。なら俺は先に行くな」

『うん、ありがとね』

じゃあ、と風丸は片手を挙げて颯爽と前を走っていき、直ぐに森林に隠れて見えなくなった。
やー、速い。これでもまだジェミニの方が速いんだもんなぁ。そりゃあ焦るよ。





所々休憩を挟みつつ、ランニングを続けて、途中でドリブルをしながらのランニングに切り替えて山の中を進んでいれば、ザアザアという水音が聞こえてきた。

音のする方に進んでいけば、川があって下流の方が小さな滝になっている。
滝に興味を引かれてボールを抱えあげて近づいてみれば、ザアザアという音とは別に変な音が聞こえた。
ベジャアと水の上を滑る音が段々大きくなって、滝の流れに逆らって宙に跳ね上がって見えたのはサッカーボール。
そのまま重量に従って落ちたボールは今度は流れに従って下に流れて行った。
なんだ、と思い崖下を覗き込めば、染岡と鬼道が居た。
ああ、確かシュート練してるんだっけ。

「水津!お前、そんなとこで何やってんだ?」

向こうもこちらに気がついたのか、染岡がそう声をかけてきた。

『ランニング!あ、ちょっとまってて、そっち行くわ』

声をかけてその場を離れて、下に降りられそうな崖壁を探して、凸凹とした岩場を足場にして、ぴょんぴょんと飛び降りて行く。
一番下まで降りてから2人のいる滝下に歩み寄った。

「お前、器用だな」

『言ったじゃん田舎育ちだって』

海か山かくらいしか遊び場なかったし、岩山登って遊んだり飛び移ったりとか結構やってた。それにこっちじゃ超次元に合わせて身体能力も強化されてるし、これくらいは意外と楽勝である。流石に3〜4mは高さあるから真下に直接ジャンプする勇気はなかったけど。

『2人はシュート練習?』

「ああ。つーかなんでお前、ランニングしてたんだ?」

『瞳子さんに自主トレ行ってこいって言われて。とりあえず体力作りが必要かなって思って』

瞳子さんの名前を出した途端、染岡はあからさまに嫌そうな顔をした。

「まあ、選手としてやっていくなら水津が強化すべきなのはまずそこだろうな」

そう言った鬼道に、だよね、と返す。

『フリースタイルだとそんな長時間走り回んないんだもん。ドリブルとかもほとんどしないし、難しい』

「全然違う競技だからな」

鬼道に、うん、と頷けば、少し黙っていた染岡が口を開いた。

「お前、あの監督の言うこと聞かなくてもいいんだぞ」

ああ、監督に対する反発心か。同意してくれる仲間を増やしたいのか。
そう思ったのだけれど、違った。

「お前、試合出なくないんだろ」

その言葉に、え、と口を開けたまま固まる。正直図星だ。
だって、本来なら私の出る幕ではないのだから。
けど、勘のいい鬼道や、恐らく既に察しているであろう瞳子さんからではなく、まさか染岡に言われるとは。

『...参ったな』

そう言って頬を掻く。
なんて返すべきか分からない。真剣に宇宙人を倒そうとしている彼らに、自分が本来いない人間だから試合に出たくないなんて言ってもいいものか。

「怖いのか?」

『え?』

「いや、まあ、半田たちの怪我見たら、そうだよな」

染岡がそうボソボソと言えば、鬼道がなるほどな、と呟いた。

「お前は怪我にトラウマがあるんだったな」

ん?んん???なんかいいように解釈されてね?
確かに怪我は怖いけど。

「だからあんな監督に従って無理に試合に出ることねぇだろ。そもそもお前はマネージャーとして着いてきてんだし。いや別に、選手としてのお前が邪魔とかそういう訳じゃねぇけど、怖いのに無理して水津が出る必要はないっつーか...」

コテンと首を傾げて、顎に手を置いて考える。

『要するに...、心配してくれてる?』

そう染岡に聞けば、彼はボンッと音が出るかのように顔を真っ赤にした。

「は!?してねぇよ!!」

大きな声で否定するがその顔は依然真っ赤だ。
その様子にすくすくと笑えば、隣で鬼道も、ふ、と鼻で笑っていた。

「お前らなぁ!!」

『ごめんて。けど、優しいわね。大丈夫よ。みんなだって危険を承知で挑んでいるでしょ?』

そう言えば、顔を逸らされて、まあなと返ってきた。

『私ひとりわがまま言う訳にはいかないもの。それに、』

あの子達が入ってきたらきっとお役御免になるだろうし、それまでの間だ。

「それに?」

『なんだかんだ、みんなとサッカーするの楽しいからね』

「...、それならいいけどよ」

顔を逸らして渋々と言った様子で染岡がそう言う。
その横で鬼道は真剣な表情になった。

「水津。それはやるという意思表示だが、いいのか?」

『うん。みんなの足を引っ張らないように頑張るよ』

そのために、真面目に自主トレしてたわけだし。

「なら、必殺技のひとつやふたつ必要だろう。特訓するぞ」

がしっ、と鬼道に肩を掴まれる。

あれ、これ選択肢ミスったかな。



自主トレーニング
鬼道はその名に恥じぬ鬼コーチだった。おかげで私にもひとつ必殺技が出来てしまった。
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