フリースタイラーの変遷

□脅威の侵略者編
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長時間のキャラバンでの移動を終え、翌日鹿児島から沖縄へ向かうフェリーに乗り込んだ。

みんなのびのひと船の上の旅を楽しんでいるようだ。

「ふぁ〜暑いッスね」

そう言ってフェリーの屋根で陰になっているベンチに腰掛けた壁山はパタパタと首に巻いたタオルで汗を拭った。

その隣に少し感覚を空け、座っている吹雪も首に巻いたマフラーでパタパタ風を送っていた。
北海道育ちの彼にこの暑さはキツイだろう。

『潮風が気持ちいいけど、日差しが強いのが如何せんなぁ…』

焼けたくないので私も日陰に入りベンチに座る。

《本船は次の停泊地、阿夏遠島(あがとうじま)へ到着します。ご乗船お疲れ様でした》

そんな船内アナウンスが流れる。

「水津先輩、ここで降りるんッスか?」

『ううん、ここじゃなくて次の停泊地だよ』

「じゃあまだのんびりしてもいいんッスね」

『うん。十分のんびりしな〜』

そう言いながら海を眺めていると、目の前に目金が映った。

彼は、うわぁ〜と楽しそうな声を上げながら、手すりの向こう側を眺めている。

『オタクくんが、この暑さで元気なの解釈不一致だが〜』

「暑いのは暑いですけど、それよりも見てくださいよ!この綺麗な海!」

なんて言うか、目金は意外と感受性豊かでしかも無邪気だよね。

「あ!ほらあそこ!珊瑚ですよ珊瑚!!あんなにたくさん!!」

そう言って目金は、手すりから身を半分乗り出して海の先を指す。

『あ、バカ!』
「目金さん、そんなに乗り出したら危ないッスよ」

私と壁山が同時にそう言った途端。

「うわああああああ!!」

目金は悲鳴を上げて目の前から消えた。

「目金さん!?」

フェリーから落ちた。

「あばばば、…たすけてっ、助け……っ!」

慌ててベンチから手すりに寄って海の方を見れば、目金が両手を上に上げた状態で必死に顔を出そうと溺れている。
人間の身体は体積の2パーしか浮かないのに手を海上に出すのは悪手だ。溺れている彼はそんなこと冷静には考えられないだろうし。

『壁山、吹雪、救命浮き輪探してきて!』

「は、ハイっス!って、先輩!?」

手すりを飛び越えて、海に落ちる。入水した後、一気に上に上がり、まず自分の呼吸を確保する。

平泳ぎで彼に近づくが、溺れまいともがき手をバタバタとさせるから近づけない。

『目金落ち着いて!』

下手に呼吸しようと口を空けるから、そこから水が入っていき目金は苦しそうだ。
こういう時は後ろから羽交い締めにして、動きを止めるのがいいが、小柄といっても目金は男子。死にかけて火事場馬鹿力的なものも働いてか、すごい力で暴れるから止められない。

どうするよ、と思った瞬間。バシャ、と海の底からピンク色の長髪が現れた。

「代われ」

『うん。離すよ』

離した瞬間、目金のもがきが酷くなり沈んでいく。
ピンク髪はまた海の底に沈み、そして。

「おちつけっつーの」

目金の身体を褐色の腕が拘束し海上に突き上げた。
海上に顔を出された目金はげほげほと咳き込んでいる。

「すっげー!誰だアイツ」

上から塔子ちゃんのそんな声が聞こえる。

「おい、アンタ。着衣水泳出来んのか?」

目金を助けてくれた褐色の腕の持ち主が、目金を羽交い締めにしながら、こちらに顔を覗かせた。ピンクの長い髪が特徴的な男の子だった。

『私は大丈夫だけど、その子は出来ないと思う』

「だろうな。こいつは俺が岸まで引っ張ってくからアンタは自分で泳げよ」

『うん。ちょっと待ってね。目金ちょっと失礼』

そう言って、目金の来ているシャツのしたの引っ張って海上に上げて空気を取り込む。

『目金。これを抱っこするように押さえて』

目金は弱々しい動きで言われた通りに空気を含んだ服を押さえた。

『よし、おっけ。コレで浮くから、水が口に入っても慌てないで。目金が慌てて暴れたら彼も沈むから。いいね』

朦朧としてそうだしちゃんと聞こえてるか不安だな。

『頼むよ』

そう言えば、男の子は目金の首ねっこを掴んで先に岸に向かっていく。

さてと。子供頃から海遊び(岩場から服きたまんま飛び込んだりとか)はしてたから泳げないことはないが、進むフェリーの波が邪魔だな。

『壁山ー!浮き輪あったー?』

「あ、ハイ!一応あったッス!!」

お、ちゃんと探してきてくれてるじゃん。

『悪いけどそれこっちに落として!』

「了解っス!」

ぼちゃん、と海に落としてもらった硬い救命浮き輪を拾って、その穴に潜るのではなく前に持っていきビート板のように使って岸に向かった。




私が岸にたどり着く頃には先にフェリーが船着場に到着していて、みんなが出迎えた。

「梅雨ちゃんタオル使って!」

そう言って大きなタオルで秋ちゃんに身体を巻かれた。
見ると、助けられた目金もタオルで身体をぐるぐる巻にしている。

「全く!」

と、円堂に怒られて、情けない声で目金は珊瑚が綺麗だったんでつい、と返した。

「気をつけてくれよ」

それよりも、と円堂はピンク髪の男の子の方を向いた。

「ありがとう!君は目金の命の恩人だ!」

「よせよ。礼を言われるほどじゃねえって」

彼がそう言えば、あろうことか目金がそうですよ、と言う。

「僕だって泳げるんですから」

「馬鹿野郎!」

ピンク髪の彼が怒鳴り、目金は、ひいっと小さく悲鳴を上げた。

「海を甘く見んな!あの子がお前を羽交い締めにして呼吸させてなきゃ、とっとと溺れ死んでたんだぞ!!」

「えっ……」

「海は命が生まれるところだ。命を落とされちゃたまんねぇよ!」

「は、はい……」

しゅん、と目金すると分かったならいいと言うように男の子は真剣な顔から、笑顔に変わった。

「ま、とにかくさ、無事で何よりだ。そんで、あの子にはちゃんと礼を言っとけよ」

そんじゃあ、と彼はサーフボードを抱えて踵を返した。

「え、あ、」

「じゃあな!」

振り向かず片手をひょいと掲げ、そのまま彼は去っていった。

『いやぁ、かっけぇな…』

イカす背中
彼に怒られたからか、ちゃんと目金から謝罪と礼を貰った。
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