フリースタイラーの変遷

□脅威の侵略者編
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「いいぞ、みんな!イプシロンの動きに負けてないぜ!」

ハーフタイムでベンチに戻るなり円堂はそうみんなに声をかけた。

「後半もこの調子で頑張って!」

秋ちゃんがそう言えば、塔子ちゃんが任せとけと拳を握る。

「1点も入れさせるもんか!」

塔子ちゃんが意気込めば、うんうんと栗松と風丸が頷く。

「必ず奴らを止めてみせるでやんす!」

「俺たちの力を見せてやろう!」

「俺も、やってやる。旋風陣……!」

戻ってきてから少し俯いていた木暮も静かにギュッと掌を握りしめた。
そんな彼に、そっとドリンクボトルが横から差し出された。

「ディフェンス頼むわよ」

そう言って春奈ちゃんが差し出したボトルを受け取って、木暮はああ!と力強く頷いた。

抜かされた事、落ち込んでるかと思ってたけど、いいね、やる気じゃん。
やっぱり、問題はこっちか……。

さっきの木暮より更に俯いている吹雪の方に視線を移す。

「吹雪くん。攻撃に気を取られ過ぎよ。ディフェンスに集中しなさい」

そう注意した瞳子さんに鬼道が、監督、と声をかけた。

「吹雪をFWに上げてください。今のままでは攻撃力が足りません」

「ちょお!うちじゃアカンの!?」

鬼道の言葉に、リカちゃんが口を尖らせた。
そんな彼女にまあまあ落ち着いてと声をかける。

『前は私と吹雪と染岡の3人FWだったから。それと比べるとリカちゃん1人の負担になるし1人に集中して上げるのは攻撃パターンが読まれやすいでしょ?』

「は?アンタ選手やったん!?」

えっ、今そこ??

『うん、一応ね。今は怪我で選手から外れてるけど』

「ふーん。まあ、前3人FWやったんならFW1人ちゅうんが、心許なく思ってもしゃーないか」

そうそうと頷く。物分り良くて助かるよ。

「水津の言うようにワントップでは、攻撃が読まれやすいのもあります。それに、前半の試合から判断しました。デザームのワームホールを打ち破るには吹雪の力が必要なんです」

「それは分かってるわ。でもこの試合は1点勝負よ。ぜったいに失点は出来ないの」

「ですが、このままでは得点もできません」

「吹雪くんはディフェンスから瞬時に攻撃に移れる。イプシロンの攻撃を防いだ時こそがチャンスよ」

それは……!

口を開きかけて、閉じた。
余計なことは言わない方がいい。

「カウンター攻撃を繰り返せば、必ず得点の機会がある」

「…はい」

瞳子さんの言葉に吹雪は弱々しく、頷いた。

「しかし、それでは吹雪に負担が……」

鬼道が心配そうに吹雪を見れば、彼は無理やり口角を上げた。

「大丈夫、任せてよ」

……なにが、大丈夫なんだろうか。
最初にあった頃の、楽しめばいいんだよって言ってた彼の余裕は何処へ行ったのか。
既に、いっぱいいっぱいの顔をしてるのに……。

「大変だけど、頑張ろうぜ!」

そう言って円堂が、ぽん、と吹雪の肩を叩いた。








作戦会議が終わり、皆それぞれ休息を取りだした。

『はあ…』

「ずいぶんと大きなため息ね」

そう言って瞳子さんが隣に立った。

「先程、何か言いかけていたようだけれど」

ああ、気づいてたのか。

『……私、前に言いましたよ。吹雪は諸刃の剣だって』

「分かっているわ。それでも今は彼に賭けるしかないの」

分かってないんだよ。
分かってるならそこに賭けちゃダメなんだよ。
けど、私がそれを止めて、もっと酷いことになったら……?

「もうすぐハーフタイムが終わるわ。吹雪くんが、トイレに行ったようだから呼んできてちょうだい」

全く見てないわけではないんだな。
吹雪は誰にも気付かれぬようそっとこの場を抜け出していたのに。

はい、と返事して、ベンチを離れる。
1つ上の階に上がって修練所の中にあるトイレに向かった。

トイレ前の通路で、びちゃびちゃと垂れるような大きな水音が聴こえる。

「フォワードもディフェンスもちゃんとやらなくちゃ……。完璧に、なるんだ」

そんな声が聞こえて、トイレ入口で足を止めた。

『完璧か………』


少し戻って、トイレの外の壁に背を預けて待っていれば。流れていた水音が止まった。
それから少しして、ボッーと様子の吹雪がトイレから出てきた。そして、トイレの入口付近にいた私を見て、死人でも見たかのような驚いた顔をした。

「えっ……、水津、さん……?」

『もうすぐハーフタイム終わるよ』

そう言って、壁に預けていた背を離す。

『さすがに男子トイレに入って呼ぶわけにもいかなかったからね』

さ、早く戻ろうと声をかけて歩き出す。

「あ、うん……」

そう返事して、吹雪は後ろから着いてくる。
昨日のアレから話してないのに、このタイミングで呼んでこいとか、困るよね。
コツコツと2人分の足音が誰もいない修練所の中に響く。

「あの、昨日はごめんね。心配して言ってくれてたのに」

無言がキツかったのか、吹雪の方から切り出した。

「怒ってる、よね…?」

『……怒ってはないよ』

怒ってはない。ただちょっと、悲しかったな。

「そっか………。でも、あの分集中して特訓できたから、今度こそ、オレが決めてやるから、見てて。染岡にも頼まれたんだ。だからボクが……、っ、」

『吹雪?』

後ろからの様子のおかしな声に思わず振り返る。
髪の毛は逆立ってないけど、目は金に輝いている。

これは、どっちの吹雪だ……。




『 』


名前を呼んだ。


彼の顔が驚きに変わった。










「……どうしたの、急に。名前で呼ばれるのはなんか照れるなぁ」

そう言って彼、士郎はやんわりと微笑んだ。
瞳ももう、元のグレーだ。

何となく、アツヤと呼んではいけない気がして、士郎の方の名を呼んだ。もし、私がアツヤの名を呼んでいたら、今ここにいる彼は、アツヤになって戻らないんじゃないかと、思ってしまった。

『…、キツかったら無理しなくていいよ』

ごめんね、こんな遠回りな言い方しか出来なくて。

「…ううん、大丈夫だよ?安心して、染岡くんの分もボクが決めるから」

そう言った吹雪は怖いくらい前を向いていた。


情緒不安定
彼も私も。
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