フリースタイラーの変遷

□脅威の侵略者編
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(吹雪視点)

愛媛から東京に向かうキャラバンの席は、いつもよりゆったりと座れて、ボクと染岡くんの間に何も無い違和感が大きかった。

染岡くんを見れば、いつも以上に険しい顔をしているし、やっぱり水津さんの事が心配なんだろうな。


キャラバンの窓から見える景色が、黒に染まってきた頃、ようやく瞳子監督の携帯が音を鳴らした。
賑やかだったキャラバンのみんなが一斉に静かになり、耳をすませる。

「はい。…響木さん、どうですか水津さんの様態は。……腹部挫傷、そうですか」

酷い怪我なのかな。あれだけお腹を蹴られてて、怪我してない方がおかしいけど……。

「内出血が……、暫く運動は禁止ですね。分かりました」

誰かの、ああ……と悲しそうな吐息が零れる。

「運動禁止…ってことは……」

「水津も……」

ヒソヒソ声と共にみんなの心配そうな視線が染岡くんに向けられる。
豪炎寺くんもキャラバンを降ろされて、1番怒ってたのは染岡くんだって言ってたもんね。だからボクが代わりに入るのを嫌がってたって水津さんが前にこっそり教えてくれた。
その水津さんが、大きな怪我をしたって事は、キャラバンを降ろされる……?

ボクの勘が間違ってなかったら、染岡くんは水津さんの事、好きなんだと思うんだよね。
最初の頃、ボクが水津さんと喋ってたら凄く怒ってたし。水津さんは豪炎寺くんの件があるから染岡くんが最初あんな態度だったって言ってたけど、きっとボクが水津さんと仲良くするのも気に入らなかったんじゃないかなって思ってる。

「染岡くん、だいじょ…」

「はい。そうですね。その点は私も彼女を買っているので、わかりました。では、明日雷門中で合流しましよう」

…あれ?合流?
なんか話が思ってた方と違うみたいだ。

失礼します、と瞳子監督が電話を切るなりキャプテンが、監督!と声をかけた。

「水津は!?運動禁止って…!」

「聞こえていた通りよ。彼女には選手から外れてもらいます」

仕方がないとはいえ、そんな、とみんながザワザワする。
隣の染岡くんを見れば、悔しそうに膝に置いた拳を握っている。

「ですが、日常生活には支障がないようだし、彼女の能力を見込んで、これからはトレーナーとしてチームに貢献してもらうわ」

「じゃあ、梅雨先輩はキャラバンから降りないんですね!」

やった!と前の席の音無さんが声を上げて喜ぶ。それを皮切りにみんな、良かった〜と声に出す。

「良かったね、染岡くん」

そう隣を見て声をかければ、染岡くんは複雑そうな顔をしていた。

「染岡くん?」

「え、ああ。…そうだな」

どうしたんだろう、と首を傾げる。

「けど、トレーナーって?マネージャーじゃないんですか?」

疑問に思った所を夏未さんが質問する。確かに、水津さんは元々雷門中のマネージャーだったんだもんね。

「ええ。マネージャーは、3人もいれば十分でしょう。それに水津さんの能力はトレーナー向きだわ。元々雷門中サッカー部のトレーニングを見ていたりしたんでしょう?」

瞳子監督がそう言えば、雷門中の子達は確かに、と頷いた。
隣席だから、バインダーに書き込んでるのを見せて貰っていたけど、瞳子監督の指示でやり始めた物じゃなかったんだね。選手なのにこういう事もやらされるんだ、大変そうと思っていたけど、元々やってたから、水津さんに任せてたのか。

「適材適所よ」

なるほど、とみんな納得した上で、水津さんがちゃんと戻ってくる事に安心し、その日の夜は真・帝国学園との試合の疲れもあって、みんなぐっすり眠った。

この時、ボクが気づけていたらあんな事にはならなかったのに。









(梅雨視点)
翌日、響木さんと共に愛媛から飛行機で東京に戻る。
直ぐにみんなに追いつけるし、面倒くさい乗り換えもない。問題は価格だけど、理事長に相談したら必要経費としてみてくれる、と意外とすんなり話が通った。

『久しぶりに戻ってきたなぁ、稲妻町。そして、雷門中』

とは言え、その雷門中はジェミニストームによって破壊されたので、現在絶賛建設中だ。

「水津さん!」

理事長と共に校舎の建設を見守っていた夏未ちゃんが気がついて、小走りに駆け寄ってきた。

『ただいま、夏未ちゃん』

「元気そうでよかったわ。けれど、今度あのような無茶をしたら許しませんからね!」

プンプンと怒ってみせる夏未ちゃんを微笑ましそうに見ながら、理事長も傍にやってきた。

「お疲れ様。響木くん、水津くん」

『理事長!他の子達は?』

「ああ。みんなには、それぞれ休息を取ってもらってるよ」

「円堂くんは、病院に半田くんたちの様子を見に行くって言ってたし、木野さんは1度お家に顔を出してくるって言ってたわ」

そっか。みんなも久しぶりの稲妻町だもんね。各々好きなように過ごしてるか。

「水津くんにも休んでもらいたい所だが、ああ!ちょうど良かった」

おーい、と理事長が手を振る。
後ろを振り返れば、瞳子さんがこっちへ歩いて来ていた。

「響木さんに、水津さん、意外と早い合流でしたね」

「ああ。水津が一刻も早く皆と合流したそうだったからな」

『いや、まあ、そりゃあね』

そう言って頬を掻けば、瞳子さんは、そう、と頷いた。

「響木さんから聞いているわね?」

『トレーナーの件ですか?』

昨日、響木さんが私の怪我の報告を入れた際に、隣に居たから、瞳子さんへと提案していた事は知っている。
運動制限が掛かった以上、選手としては無理だが、トレーナーとしてならみんなに着いていけると。
私への優しさからの発案に思えるが、実は響木さんにはもうひとつ思惑がある。昨日響木から聞かされたが、今回の真・帝国学園戦で、響木さんから見た瞳子さんへの不信感が大いに高まっており、選手を保護する為にも私をトレーナーとして置き、彼女の暴走を制御しようという魂胆だ。

「ええ。急いで戻ってきたと言うことは、了承したって事でいいかしら」

『はい。けど正直、私程度の知識量でトレーナーを名乗っていいものかわからないですけど』

「その点は問題ないわ。資料を用意したから。貴女、成績は良い方だと聞いているわ」

『えっ、』

それはつまり、今から勉強しろ、と??
いや、成績いいのは2度目の中学生活だからですよ!?

『ま、マジか……』

なるほど、それで理事長の出来れば休んでもらいたい所だが、って発言ね。
休まず勉強しろってか。

『……かんばります』

はあ、とひとつ大きくため息を吐く。

「そう。では、トレーナーとして最初の仕事よ」

『はい?』

え、もう???

「木暮くんが今、音無さんと共にここのイナビカリ修練所を使って特訓をしてるわ。彼のワザを完全させてきてちょうだい」


最初のお仕事
マジで休ませてくれる気ないじゃん。
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