フリースタイラーの変遷

□脅威の侵略者編
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練習を終えて、白恋中に戻ればマネージャーたちお手製のご飯が待っていた。頑張ってカロリー計算した食事は男の子たちには少ないようで、不満も上がっていたが、私個人は美味しかったし満足だ。30回しっかり噛んで食べるように、と瞳子さんからの指示もあって、噛む事により満腹中枢が刺激されて食欲抑制されるし十分だった。

食事を終えれば瞳子さんに呼び出されて、別の教室に向かう。
失礼しますと声をかけて中に入れば、昼間作った選手データをノートPCで見ていた瞳子さんが、来たわねと顔を上げた。

「染岡くんとの練習はどうだったかしら?」

『まあ、普通にシュート練とかパス練とかして...あー、あと、1on1やって負けましたね』

「そう。彼、吹雪くんを目の敵にしているようだけど」

『ああ、そっちは大丈夫ですよ』

自信満々に答えれば、瞳子さんは不思議そうな顔をした。

「説得した、と言うことかしら?」

『いや特には何も言ってないですよ。けど、豪炎寺の時も私の時も最初ツンケンしてたんで、時間が経てば大丈夫ですよ』

そう言えば瞳子さんはじっと私の顔を見つめた。

「経験則から、と言う事ね」

はい、と返事をすれば、分かったわと瞳子さんは頷いた。

「それじゃあ、貴女は吹雪くんについてはどう思う?」

その質問聞かれるの本日2回目なんですけど。

『攻守ともに優秀な選手だと思いますよ。チームプレイが出来ないのは問題だと思いますけど』

「そうね。他に何か気づいたことはないかしら」

他に...?何かあるっけ、と首を傾げる。

『ああ!もしかして、性格が変わる事が聞きたいんですか?』

「...ええ。雰囲気が変わるとかではなく、誰が見てもハッキリ分かるほどDFの時とFWの時の性格が違うわ。貴女はアレをどう思うのかしら」

『まあ普通に考えれば二重人格者ですよね』

ええ、と瞳子さんは頷く。

『って、事は彼、相当危ういですよ。多重人格の人の大半は精神的ストレスなどから身を守るため、自己防衛本能でそうなってる人が多いと聞きます』

「自己防衛...」

『しかも彼はそれを意図的に使い分けてる』

「どういうことかしら?」

眉間にシワが寄った瞳子さんに、期待をして口を開く。
出来れば、早く彼の危険性に気づいてほしい。

『他の子には聞こえてなかったかもしれないですけど、私は近くにいたんで聞こえたんですよ。...彼、FWのあの性格になる前に、マフラーに触れながら小さな声で出番だよ、って』

「それが本当なら、彼は自在に自分の性格を入れ替えれると言う事ね」

はい、と断言する。

『私は、彼は諸刃の剣だと思ってます』

「そう。分かったわ。彼について詳しいことを調べて貰うように響木さんに掛け合ってみるわ」

『はい』

「それから、明日は貴女もスノーボードの練習に入りなさい」

『あー、それなんですが......』

かくかくしかじか、と考えを伝えれば、瞳子さんは小さくため息をついた。

「そう。てっきり寒いから嫌だとかいうわがままかと思ったわ」

『いや、寒いから嫌なのは嫌ですよ。でもまあ、仕方ないんで』

「そういうことなら、明日の朝イチ白恋中の方に掛け合ってみるわ」

『よろしくお願いいたします』

「それじゃあ今日はもう休みなさい」

『はい。...瞳子さんはまだ仕事されるんですか?』

「ええ。後から戻るから部屋の鍵は開けておいてちょうだい」

流石にこの雪の中、バスとテントで寝泊まりは寒いから、寝るのにも男女それぞれ空き教室を貸してもらっている。監督は私たちの女子部屋と一緒だ。

『分かりました』

それじゃあ失礼します、と部屋を出た。

『あー、寒かった』

いや、まあ廊下も同じくらい寒いけど。
瞳子さんも暖房入れて仕事すればいいのに。

あ、そうだ。
くるりとUターンして、寝る部屋とは別の方に向かった。

「あれ?水津?」

「こんな時間にどこ行くんだ?」

廊下の正面から、円堂と風丸がやって来てそう言った。

『家庭科室。そっちこそ、こんな時間に外行ってたの?』

向こうの先は昇降口だ。

「ああ、ちょっとな」

そう言って風丸と円堂は顔を見合せる。男同志の秘密ってか。

『すっかり体冷めたでしょう。2人も一緒においで』

そう声をかけて再び歩き出せば、2人は首を傾げながら後を着いてきた。

家庭科室の扉を開けて電気を付ける。

『2人とも適当に座ってちょっと待ってて』

「ああ...?」

家庭科室内の冷蔵庫を開ければ、入れさせて貰ってるキャラバンの食料が詰めてあった。
その中から、牛乳パックを1本取り出す。
雪平鍋を1つ取り出してその中に牛乳を注いでから、コンロの上で弱火にかける。その中にちょっとだけお砂糖を加えてクルクルとかき混ぜる。
ふつふつとしてきたら火を止めて、戸棚からステンレスのマグカップを3つ出してそれに注いでく。

『はい、お待たせ』

そう言って2人が座っている席の調理台の上にトントンとマグカップを2つ置く。
もうひとつのマグカップは自分の両手で挟み込んで暖を取る。

『はあ、暖かい』

「ホットミルクか」

「飲んでいいのか!?」

どうぞ、と言えば、いただきます!と円堂がマグカップを勢いよく自分の方へと引き寄せた。

『あ、熱いから気をつけて』

「あっつ!」

そう言って慌てて口に付けたマグカップを円堂が離す。

「たく、今気をつけろって言われたばかりだろ」

そう言って、ヒィヒィと舌を出す円堂を見て風丸は、ふっと笑った。
そんな風丸も私と同じようにカップを両手で挟んで暖を取っている。

『しっかりフーフーして飲みなさいな』

そう言えば円堂はほっぺを膨らまし、フー、フー!と力強くカップに息を吹きかけている。その姿は実に可愛らしい。

「けどコレいいのか?カロリーとか今日から煩くなったのに」

『カルシウムだしオーケーオーケー!』

そう言って自分のマグカップに口を付ける。はあ、暖かい。美味しい。
さっきまでフーフーしてた円堂もごくごくとホットミルクを飲み出した。

「でも加糖してただろ」

そう言った風丸に、大丈夫と返す。

『ちょびっとだけだし、ホットミルク自体もだけど砂糖にも安眠効果あるからよく眠れるよ。で、しっかり睡眠取れば風邪もひきにくい!』

「そうか。...まあ、怒られたら水津せいってことで」

そう言って風丸はマグカップを口元に運んだ。

「美味いな」

でしょ?と笑って、またマグカップに口をつければ、風丸もああと笑ってホットミルクを飲んだ。



「なあ、水津大変じゃないか?マネージャーと選手の両立って」

『大変っちゃ大変だけど...どっちも好きだしね』

「監督に言って選手だけにしてもらった方が楽なんじゃないか?」

風丸の言葉に、うーん、と頭を悩ます。そりゃあ出来るならマネージャーだけやれたら楽だし、怪我の恐れもないけど、多分瞳子さんというか、世界がそうさせてくれないんだろし。しかも、ここで私がキャラバン降りたりなんかしたら、今までの感じで言えば、話が正しく進まなくなると思うし。
キャラバンに居続けるなら、瞳子さんの指示には従わないとだし。だから選手になれと言われれば選手をやるしかないし、マネージャーの仕事をやれと言われればそちらもやる。

『楽な道を選ぶのは簡単だけど、結局、その道より先が楽かなんか分からないじゃない?楽だと思って飛びついたら先は崖かもしんないよ。まあだからといって厳しい道を選びたいかって言われたら、NOだけどさ』

「楽な道の先、か...」

そう言って風丸は円堂の方に顔を向けた。つられてそちらを向けば、円堂は調理台の上に突っ伏して眠っていた。
いやに静かだと思ったら、ホットミルク効果抜群だな。

「さっき円堂に、勝つ為に神のアクアを使ってもいいんじゃないかって言ったら、怒られたよ。それじゃあ影山と同じだって。正々堂々と勝たなきゃ意味がないんだって」

少し伏し目がちに、円堂を見ながら言う風丸に、ああ、と小さく言葉を零す。

『円堂はそういう子だよね。いつだってどんなに苦しくたって無茶な特訓するんだもの』

「ああ。楽な道を選ぼうなんて円堂は思わないんだろうな」

そう言って目を伏せた風丸は、それに比べて自分は...、なんて思ってるんじゃないだろうか。

『そうだなぁ...。さっき言ったように楽な道の先が崖かもしれないし、厳しい道の先も絶壁かもしれないから、どっちがいいなんて私からは言えないけど......。風丸はさ、元々陸上部だったしサッカーの練習とかルール覚えたりとか大変だったでしょ?』

そう聞けば風丸は目を開けて、まあ...、と頷いた。

『決して楽な道だったわけじゃないでしょ?その道を通ってここまで来て、それはちゃんと風丸の力になってるよ』

「え?」

『今日だって、鬼道からボールを奪えたでしょう?』

今日の紅白戦での出来事を思い返し、風丸はああ、と頷く。

『あの天才といわれる鬼道からだよ?今までだったら、サッカー歴の長い豪炎寺や土門、一之瀬しか1対1で鬼道からボールで奪うなんて出来なかったのに。サッカー初心者だった風丸が、鬼道からボールを奪った』

剰え、その鬼道にやるなと言わせたのだ。

『確実に強くなってるよ』

「そう、だろうか」

『うん。小さな積み重ねかもしれない。でも塵も積もればなんとやらっていうでしょ?』

「...そうだな。ありがとうな、水津。もっと強くなれるように頑張ってみるよ」

ご馳走様。そう言って風丸は飲み干したカップを置き立ち上がって、円堂の肩を叩く。

「起きろ円堂。寝るなら教室行って寝るぞ」

「んあ...かーちゃん...あと5分」

むにゃむにゃと寝言を言う円堂に、思わずふふっと笑う。

「誰がかーちゃんだ。まったく...起きろ!」


そう言って風丸が、円堂の頬を引っ張れば、イテテと声を上げて円堂は飛び起きた。

「何すんだよ風丸!」

「お前がここで寝るのが悪い。ほら、こんな所で寝たら風邪ひくからさっさと行くぞ」

「おー。あっ、水津、ご馳走様!お前も早く寝ろよ!」

ニカッと笑ってそう言った円堂に、はいはい、と返事をして3人分のマグカップを流しに持っていって蛇口を捻る。

「水津。...ありがとうな。じゃあお先に」

ドアから出る前に、1度立ち止まって風丸がそう言えば、つられて円堂もおやすみ、と言って教室から2人は出ていった。




心もあっためて
ホットミルクにそこまで効能があればいいんだけどなぁ。
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