フリースタイラーの変遷

□脅威の侵略者編
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大きな袋を抱えたまま、乗っていたエレベーターを降りて真っ白の廊下を進んで、1つの部屋のドアの前に立ち、ひとつ息を吐く。

あの後のジェミニストームとの戦いは見ていられないほど酷いものだった。
一方的に叩きのめされて、帝国戦でも世宇子戦でも何度でも立ち上がったあの円堂でさえ、立ち向かえなかった程に。
20対0の得点で勝利を収めたジェミニストームのキャプテン、レーゼは容赦なく傘美野中の学校を破壊し去っていった。
そして、物語通り...大きな怪我を負った選手達は、ここ稲妻総合病院に運ばれ入院となった。

コンコンとドアをノックした後、手すり式のドアノブを掴んで横にスライドさせる。

『みんな、』

「あ、水津」

そっと中に入れば、起き上がってベッドに腰掛けていた松野がいの一番に気がついて、名を呼んだ。

『お見舞いに来たんだけど...』

調子はどう?とか、いいわけないよなぁ。
起き上がっている松野は左腕、半田は左肩、影野は腹部、少林寺は右肩から腕にかけて、宍戸は両足...いずれも酷い骨折で全治数ヶ月だ。

「水津...。お前昨日ちゃんと寝たか?くま酷いぞ。あんま気にすんなよ」

ベッドに寝っ転がったまま、半田がそう口にする。

「お医者さんも応急処置がとても良かったって言ってましたよ」

半田に続いて宍戸がそう言えば、松野と影野が頷いた。

『ごめんね』

お見舞いに来たのに、みんなに気を使わせてしまってる。

「謝らないで下さい。俺たちがもっと強ければ...!」

そうって少林寺は身体を起こそうとするので、慌ててダメだよと止めに入る。

『今無茶したら綺麗に治るものも治らなくなるから、やめなさい』

静かにそう言って、少林寺を再びベッドに戻せば彼は、はい、と渋々頷いた。

「ところで水津、お見舞い何持ってきたの?」

そう言って松野は私の持ってきた大きな袋を指す。

『お花や果物なんかのお見舞いは他の人が持ってくるだろうから、私は実用的な物を、ね』

「実用的な物?」

自分が入院してて1番救いになった物を持ってきた。

なになに?と松野は近づいて来て、袋の中を覗いた。

「うわ、ゲームじゃん」

『そう。入院中退屈だろうから、携帯ゲーム機とソフトあれこれ家にあるやつ全部持ってきたから、好きなの遊んでいいよ』

どうせ明日からゲームする暇なんか無くなるし、みんなに貸し出した方が有意義に使ってくれるだろう。

『後は漫画と小説をいくつかと...、ナンプレとかクロスワードとかのパズル本と...』

影野とかはゲームやらなさそうだし、腕折ってる子はゲーム操作大変だろうから。

『入院の間の退屈しのぎになればと思って』

「わ、レトイン教授ある!」

「妖怪時計と二乃国のソフトもありますよ」

男の子達は袋をたらい回しにして、中身を見て回ってる。

「ありがとな、水津」

『ううん。入院の退屈さはよく知ってるからさ』

「前に入院してたんだっけ?それで記憶喪失とか云々」

もうその偽設定で皆に伝わってんのね。

『まあ、骨折の先輩から言わせてもらうと、お医者さんの言う事よく聞いてよく食べてよく寝なさい』

「骨折の先輩って」

そう言って松野がケタケタと笑えば、つられたように他の子も笑う。
良かった。みんな落ち込んでいる様子だったが、少し笑う余裕はあるようだ。まあ、この先を考えると、場を和ませようと皆無理して笑ってるのかもしれないが。

『とにかく、皆。無茶したらだめだからね』








何が無茶したらダメ、だよ。
無茶してでも治したくなるのは私が1番分かってるじゃないか。
みんなが大怪我するの知ってて止めなかったのも自分じゃないか。

『本当に、最低だ...』

病院を後にして、誰もいない河川敷の芝の上に膝を抱えて座って独りごちる。

ベッドの上の5人の姿を見て、過去の自分を思い出した。物語を進ませるために、私のとは違って彼らのは治るから、と思って、止めることをしなかった。結局のところ、彼らの事を物語を進める道具として使って傷付けたのだ。
これでは、子供達を道具とするアイツと何も変わらないでないか。

「ハンカチ使いますか?」

『えっ、』

声に思わず顔を上げれば、顔色の悪い赤毛の少年がいつの間にか真正面に立っていて、ハンカチをこちらへと差し出していた。
思わずビクリと肩を揺らし、後ろに後ずさる。

『ヒッ...!?』

思わずゴクリと息を飲む。間違いなく目の前に居るのは基山ヒロトであろう。オレンジのダウンジャケットに紫のシャツに、グレーのパンツを着てるし。

「へぇ」

そう呟いて、ヒロトはニッコリと笑った。

「その顔。あの人が言った通りだ。本当に俺の事、知ってるんだ」

あの人って誰だ!?...アイツの事なら、恐らくこの子は父さんと呼ぶはず。影山か...?
ていうか私が、ヒロトの事を知ってるのバレてるし、この感じだとヒロトは私の事を何か知ってるようだ。

「涙も引っ込んだみたいだし、もう必要ないかな」

そう言ってヒロトは差し出していたハンカチをポケットにしまった。
そりゃあ、いきなり目の前に顔色の悪い少年が立ってたらビックリして涙も枯れるわ。

『ええ。ご親切にどうもありがとう』

そう言って、何となくヤバい気がして距離を取ろうと立ち上がる。

「どうして昨日の試合は選手として出なかったの?」

『...、世宇子中との試合ですか?私はマネージャーなので』

バレてるのは分かってるが、しらばっくれてそう言えば、ヒロトは少し目を細めた。
まあどう考えても、ジェミニストーム戦の話だろうけど、あの場にいなかった彼が知ってるのは普通に変だ。

「そう。それが選手として出なかった理由かな?もっと他にあったんじゃないかな。例えば、病院送りになるのが分かっていた、とか」

こっちは意地でも誤魔化して逃げようと思ってんのに、なんだコイツ隠す気ねぇな。
思わず、チッと舌打ちして彼を見ればまた笑っている。

『なんか用があるの?私の気分を害しに来ただけなら帰ってくれる?』

「ううん。今日は挨拶に来ただけだよ。あんまり勝手なことをすると父さんに怒られちゃうし」

『じゃあ帰れ』

「酷いなぁ。まあ、いいや。また会おうね水津梅雨さん」

そう言って彼は突風と共にその場から消えた。

二度と来るな!
お前がストーカー気質って知ってるんだからな。
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