フリースタイラーの変遷

□フットボールフロンティア編
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ガラガラと引き戸をずらして中に入れば、いらっしゃいとカウンターから響木さんがこちらを見た。

「なんだ、水津か。いつものでいいのか?」

はい、と頷けば響木さんは調理に取り掛かる。

『今日待ち合わせしてるんで、もう1席取ってもいいですか?』

「ああ、構わんが。待ち合わせとは珍しいな」

『ええ。鬼瓦刑事から連絡が来て、会って確認したいことがあるって』

「鬼瓦が?」

そう言って響木さんは、作業していた手を止めた。

『はい。それで、一応私、見た目は女子中学生なので、密会みたいなのは鬼瓦刑事がロリコンとして通報されてしまう可能性があるので、変な場所は避けたいなと思って。よく出入りする雷雷軒で、響木さんの目もあるので世間から干されないかなと思ったんですけど』

「...そうか。お前は変に心配性だな」

『え?そうですか?刑事さんが、援交とかパパ活とかで冤罪でも捕まったらシャレにならないじゃないですか』

「まあ、それはそうだがな」

麺を茹でだした響木さんに、そうでしょう、と言ってカバンを漁ってルーズリーフを1枚取り出す。

「ここ数日行けてないが、練習の方はどうだ」

『それが...』

かくかくしかじかと、ここ数日の円堂の様子を説明する。

「それで、そのメモか」

『そうなんですけど、キーパーに関しては私も経験ないですし、どういった練習法が適切なのかとかネットでわかる範囲しか書けなくて。響木さんはどういった練習されてたんですか?』

「俺か?お前たちがしてるのと大差なかったが...」

『そうなんですか...うーん』

まあ、違った練習法があるならばもっと早くに提示してくれてるよなぁ。
しかしそうなると、やっぱり効率のいい筋トレ法とかしか書くことなくなるなぁ。
どうしようかな、とルーズリーフを眺めていれば、目の前にドンッとラーメンどんぶりが置かれた。

「ほれ、おまちどうさん」

『わー、美味しそう!』

とりあえず汁が散るので、ルーズリーフは再びカバンに入れて、箸を取る。

『いただきまー「監督!」

ガラガラと引き戸が開く音がして、合掌のポーズのまま、入口を見た。

「監督!氷をください!」

そう言って戸を開けたのは夏未ちゃんで、その後ろから豪炎寺と鬼道が円堂に肩を貸していて、そんな彼らの後ろから心配そうな表情をした秋ちゃんが居た。

「派手にやっちゃって」

派手にやった、というのはボロボロの状態で目を回している円堂を見たら一目でわかった。

『意識は...!』

「らいじょーぶ」

円堂はゆっくりと片手を挙げて見せたが呂律の回ってない。

『頭打ったの!?』

「ええ。その、豪炎寺くんのファイアトルネードを...」

夏未ちゃんがそう言えば豪炎寺はバツの悪そうに視線を逸らした、

『あーもう。頭打った時は下手に動かしちゃダメよ!!』

「ご、ごめんなさい。とりあえず意識はあったから...慌ててて」

まあ、しょうがない。みんな中学生だし、こういった時の咄嗟の判断は難しいか。

「とりあえず中に入れ」

そう言って響木さんは、ビニール袋に氷を詰め込んで氷嚢を作る。
豪炎寺と鬼道が円堂を中に運んで、テーブル席に座らせた。
カウンター越しに、ほれ、と響木さんが氷嚢を手渡して来たので、それを持って円堂の様子を見に傍に寄る。

『どこ打った?』

ここ、と円堂が指した額に氷嚢を当てて、自分で持ちなと握らせる。

「いてて」

耳や鼻からの出血等はない、か。

「ずいぶんと無茶をしたな」

「無茶じゃないよ。特訓だよ」

『は?』

思わず低い声でそう言えば、円堂はビクリと肩を揺らしたあと小さくなった。

『昨日、私言ったよね?』

「いや、そのー」

『サッカーバカの豪炎寺と鬼道が円堂に当てられるのはわかるけど、秋ちゃんと夏未ちゃんが付いていながら...』

「それは...その、ごめんなさい」

「そうね。私たちがもっとちゃんと止めるべきだったわ」

「なっ!2人は悪くねーよ!俺が!」

記憶が正しければ、こうなる前に2人は1度止めたはずだ。だからこそ円堂は今焦って庇ったのだろう。

『そうだね。君が無茶な練習したよね』

「う...」

はい、と円堂は素直に頷いた。

『円堂は1週間の練習禁止!と言い渡したいけれど、世宇子戦前だからさすがにそれは無しにしてあげる。けど本来なら豪炎寺と鬼道も連帯責任だからね』

「ああ...」
「すまなかった」

謝る2人を見てまったく、と息をつく。

「水津、説教はそのくらいにしてやれ。ラーメンが伸びるぞ」

『あっ』

そうだったわ、とカウンターに置かれたままのラーメンどんぶりを見た。

『とりあえず、円堂は吐き気とか目眩とかが後から来ることがあるから、調子がおかしかったらすぐに言いなさい』

はい、としおらしく頷く円堂を見てカウンター席に戻る。
再びいただきますと合掌をした後、箸を手に取り麺を啜る。

「水津から新しいキーパー技をあみ出そうとしてると聞いたぞ」

「うん。マジン・ザ・ハンド」

円堂がそう言えば、響木さんは食器を拭いていた手を止め、あからさまに反応を示した。

「監督知ってる?」

「ああ、そうか。遂にお前もアレに挑戦を始めたか」

それを聞いて円堂は顔を明るくさせた。

「監督は出来た!?」

「俺はマスター出来なかった」

ヒントが貰えるとでも思っていたであろう、円堂はそれを聞いて、え、と言葉を詰まらせた。
そんな円堂を響木さんはじっと見つめた。

「だが、お前ならやれるかもしれない。頑張れよ」

「おう!」

「まあ、無茶は程々にしないと水津が心配のし過ぎで倒れるぞ」

いや、マジでほんとそれ。とラーメンを啜りながらウンウンと頷く。

「う、分かったよ」

そう言って円堂は額にぎゅっと氷嚢を押し当て直した。
そんな中、ガラガラと戸の開く音がして、お客さんが入ってきた。

「おいおい。こりゃずいぶんとお揃いで」

「刑事さん!」

あ、そうだった。私が鬼瓦刑事と待ち合わせしてたんだったわ。

『私が呼んだんじゃないですからね。たまたまです』

「そうかい」

こちらどうぞ、と取っていた席を指し示せば鬼瓦刑事はやって来て腰を下ろした。

「ひっでぇ格好だな」

「世宇子に勝つにはこんくらい何でもない!」

「威勢がいいのは結構だが、勝つことに執念を燃やし過ぎると影山みたいになるぞ」

影山に?と円堂が首を傾げる。

『異常なまでの勝ちへの執念か...』

「あ、ああ」

何故だか鬼瓦刑事は、1度言葉を詰まらせてじっと私を見つめた。
おかしなことは言ってないが...?
首を傾げていれば、夏未ちゃんと目が合ってその目はゆっくりと伏せられた。

「...刑事さんは冬海先生にあったそうよ」

夏未ちゃんの言葉に皆がえっ、驚きの声を上げた。
冬海、冬海なぁ。アイツ最後に爆弾置いていった事ゆるしてねぇからな〜!!

「影山を探すためにな。40年前のイナズマイレブンの悲劇から雷門対帝国戦の鉄骨落下事件まで一連の不可解な事件を解明するには影山という男の過去を知るべきだ。俺はそう考えた」

「何か分かったんですか?」

鬼道の言葉に鬼瓦刑事は指を組んで押し黙った。
その前に、カウンター越しに水の入ったグラスが置かれた。

「こいつらも知りたがってる。話してやったらどうだ」

響木さんの言葉にそうだなと頷いた鬼瓦刑事は水を一気に飲み干した。

「...始まりは50年前のできごとなんだ」

「えっ、50年前!?」

イナズマイレブンの事件より10年も前だ。

「影山東吾という選手を知っているか?」

秋ちゃん、夏未ちゃんがだれ?と言った様子で顔を見合せ、円堂も首を傾げるそんな中、豪炎寺が口を開いた。

「昔、日本サッカー界を代表する選手だったと聞いたことがあります」

「影山の父親だ」

鬼道の言葉に皆が、えっ!と驚きの声を上げた。

『人気も実力もあった選手ですよね』

「ああ。影山東吾はその頃のワールドチャンピオンシップにも選ばれると思っていたが、円堂大介を中心とする若手の台頭よって代表を外されてしまった」

まあここまではよくある話だ。

「ショックだったんだろうな。それからの東吾は荒れちまってな。奴が出ると必ず負ける、アイツは疫病神だっとまで言われる始末だ。やがて東吾は疾走し、母親は病死。影山は1人きりになってしまった...」

その話を皆が真剣に聞く中、鬼道が私をじっと見つめた。
土門にもこの話を、私の身の上話として伝えさせていたし、1度帝国へお呼ばれした時にも鬼道の前で影山に同じ話をしたしな。

「奴の中で家族を壊したサッカーと勝ちへの拘りへの憎しみが膨れ上がっていったんだろうな」

「勝つことは絶対。敗者に存在価値はない。影山がよく言っていた言葉だ」

「その為にたくさんの人を苦しめてる...。豪炎寺、お前もその1人」

なに?と豪炎寺は眉を上げた。

「妹さんの事故も奴が関係している可能性がある」

えっ、と皆に戦慄が走った。
豪炎寺は付けているペンダントを手に取って、それを見つめていた。

「豪炎寺...」

豪炎寺は見つめていたそれをぐっと握りしめて、歯を食いしばっている。
そりゃあ、憎いわ。幼い妹をあんな目に合わせた犯人が分かれば。

「許せない。どんな理由があってもサッカーを汚して言い訳がない!間違ってる」

「影山は今どこに」

まだわからん、と鬼瓦刑事は首を振った。

「しかし、冬海がおかしなことを言っていてな。影山が空から見ていると」

まあ、これは冬海が恐怖のあまりおかしくなっちゃったと思われがちだが、実際言葉通りなんだよなぁ。

「プロジェクトZという計画にフットボールフロンティアは乗っ取られていて、今や空から神様にでもなったように私達を見下ろし嘲笑っていると...」

「プロジェクトZと空...なんの事だろう...」

「帝国にいたお前には空と聞いて何か思いつく物はないか?」

「いえ、俺にもなんの事だか...」

首を振る鬼道を見た後、鬼瓦刑事はこちらを向いた。

「お前さんは?」

『へ?私?』

驚いていれば、他のみんなもなんで水津?と言ったように視線が集まった。

「事情聴取の際、影山に勧誘された事があると言っていただろう。その時にプロジェクトZの話はされなかったか?」

『いや、されてないです。それにあの場には鬼道も一緒でしたし』

「ちょ、ちょっと待って!」

鬼瓦刑事と鬼道以外の皆が、どういう事だ?と驚きの表情をしている。

「勧誘されたっていつ!?」

『えーと、』

「御影専農との試合の翌日だな」

流石鬼道よく覚えてんね。

「結構前!?じゃあやっぱり水津もスパイだったのか!?」

驚く円堂に、いや違うからとツッコミを入れる。

「こいつは影山の勧誘をのらりくらりと断っていたぞ」

「えっ、じゃあなんで話さなかったんだよ!」

『え?聞かれなかったから?』

そう返せば、円堂は確かに聞かなかったな、と納得した。

「いやいや、聞かれなくても普通、話すでしょう!?」

『いやぁ、あの時はまだ冬海も居たし、土門もスパイとしてなりを潜めてた頃だったから...危険性を考えたら話さない方がいいかなって』

「ちゃんとした理由あるじゃないの!」

プンプンと夏未ちゃんが怒る。

「まあとにかく嬢ちゃんもプロジェクトZはなにか知らないって事だな」

『はい、聞かされてないです』

すみません知ってます。でも影山から直接話された訳じゃないんで。

『今日、私に聞きたかったのってその事ですか?』

「ん、いや、」

そう言って鬼瓦刑事はぐるりと子供たちを見渡した。
他の子達がいると話せない事なのだろうか?

『私は気にしませんよ』

「そうか。なら、単刀直入に聞くが、嬢ちゃんは影山の血縁関係者か?」

『はい?』

再び皆がえー!?と声を上げた。

『なんでそうなったんですか?違います!...とは言いきれないな...』

この体の両親の事とか知らないし、遠い親戚とかだった場合は違うとは言いきれないよね。

「嬢ちゃんの過去の経緯が分からない、とそこのお嬢様に相談されてね」

そう言って鬼瓦刑事が夏未ちゃんを指して、彼女を見れば、バツが悪そうな顔をした。

「貴女の前の学校の情報とか、分からない事だらけなのよ。それで...」

「スパイ騒動の時にも、言っていたな」

豪炎寺がそう言って私を見つめる。
まあ気になって調べるのはわかる。

『それでなんで影山の血縁関係って推理に至ったんです?』

「なんの情報も出てこないからだよ。影山ならそういった情報をもみ消すことも可能だろうからな」

『なるほど...?すみません、私、親戚どころか親の事も分からないので』

そう言えば皆がどういう事だと首を傾げた。うん、そうだよね。

「コイツは、記憶喪失者だ」

何故だか響木さんからそんなデタラメな援護が飛んできた。
いいから合わせろと言った様子の響木さんと目が合った。

「お前たちは、水津が足の怪我をしているのは知っているか」

はい、と皆が頷く。
あれ?豪炎寺には総合病院で、鬼道にはそれこそ影山からの勧誘の時に、円堂には昨日話したけど、秋ちゃんと夏未ちゃんはいつ知った?

「その時に、頭から落ちて脳震盪を起こしたという話は?」

そこは皆、いや、と首を振った。

「そのせいで水津は1部記憶障害を起こしていて、家族の事など特定の事の記憶が欠落しているらしい」

「部分的な記憶喪失、ですか...?」

鬼道の言葉にああ、と響木さんが頷いた。

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今更そんなものが追加されるなんて思ってもなかったんだけど、皆、意外と信じてくれた。
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