フリースタイラーの変遷

□フットボールフロンティア編
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手洗い場にある冷水機でボトルに水を汲んで、スポーツドリンクの粉を入れて振るという作業を繰り返す。
今日は他の部活の子達がいないし、順番待ちもなくて楽だ。この学校、冷水機あちこちに何台かあるけど、それでも部活動の種類も多いから、他の部と被って順番待ちなんて事も結構ある。

ずっと立ってやるのもしんどいので座ってボトルをシャカシャカ振ってたら、頭上に影が差した。
上を見上げれば水色のユニフォームを着た一之瀬が立っていた。

「お疲れ様。それ、1人でやってるの?」

『いつもは分担してやってるよ。秋ちゃんなら洗濯したタオルの回収に行ってる』

昨日の部活で使ったタオルを来て直ぐに洗濯機にぶち込んでたのが、そろそろ終わるだろうと、部活棟の方に行っている。
夏未ちゃんは理事長のこともあるから休みだし、春奈ちゃんも今日は御家族との予定があるらしく不参加だ。

「そっか」

そう言って一之瀬は、ちょこん、と私の隣に座った。
秋ちゃんに用があるんだろうけど、ここで待つのかな。

「ねぇ、」

ボトルを振りながら、なんだ?と一之瀬を見る。

「一人暮らしって寂しくない?」

突然のことに思わず、は?と応えてしまう。

「あ、ごめん。秋から一人暮らししてるって聞いたから」

『ああ、秋ちゃん情報』

頷いた一之瀬を見てなるほどね、と頷く。もしかしてこれ、あれだな。恋愛ゲームでよくある付き合いたい子の友達から友好関係を築き、○○はなになにが好きなんだよ!って情報貰って攻略していくやつ。私と秋ちゃんが仲がいいからって、一之瀬はそれをしようとしてるな。

「で、どうなの?」

『私が今住んでるとこは、寮とかシェアハウスみたいな感じのとこで、大家さんが心配してか毎日声掛けてくれるし、そんなに寂しくないかな』

「そうなんだ。でもご飯とかは自分で作るんでしょ?」

『まあね。それも慣れれば苦じゃないよ』

「そっか」

最後の1本を作り終わり、8つの格子上に区切られたドリンクケースにボトルを差す。7本ほどボトルの入ったそれの取っ手を持って立ち上がる。

「あ、グラウンドに持ってくの?」

『うん』

「こっちは?」

そう言って一之瀬が見たのは、もうひとつのドリンクケース。そちらにも作ったドリンクボトルが7つ入っている。

『それもあと運ぶよ』

そう言えば、一之瀬はそのドリンクケースの取っ手を片手で掴んで立ち上がった。

「うわ、重たっ!」

そう言った彼は慌てて両手に持ち直した。

『単純計算で7キロあるからね』

ドリンクボトルの容量が1Lでだいたい1000gだとしたら7本で7000gだ。

「7キロ!?えっ、これ女の子がいつも運んでるの?」

『うん。マネージャーの仕事だしね』

そう言ってグラウンド目指して歩き出せば、一之瀬もフラフラとしながら付いてくる。

「えー、でもこれ女の子が持つには重すぎない?」

『うん。秋ちゃん達はもうちょっとボトルの数減らして運んでるよ。私は往復回数増えると面倒臭いし、筋トレにもなるからこの量運ぶけどさ』

「なるほどね。筋トレか...」

確かにちょうどいいかも、と一之瀬は上に上げたり下げたりしてみている。

「フリースタイルって逆立ちとか、バク転とかするけど、やっぱ腕の筋肉って大事?」

『まあ、腕だけに限らずかな。バランスが大事だと思う』

「バランスかぁ...」

『そういう点では、一之瀬は体幹が凄くいいし、今やってるトレーニングメニューがいいんじゃない?』

「一応スポーツドクターに付いててもらってるからそのおかげかな」

あー、なるほど。怪我のリハビリトレーニングとか経過観察とかがあるもんね。

『...一之瀬は、結構な怪我してたみたいだけど、今はもう痛みとかないの?』

「うん、今はもうないよ」

『そっか』

グラウンドにたどり着きベンチの上にドリンクケースを置く。

「これもここでいい?」

『うん。ありがとう』

一之瀬の持ってる分もベンチに置いてもらっていたら、おーい!と大きな声で円堂が叫んできた。

「一之瀬!トライペガサスやろうぜー!!」

「うん!」

大きく頷いた一之瀬が、円堂の元にかけていく。そこにボールを持ってきた土門と3人で少し喋った後、それぞれの位置につく。その様子を見守るように雷門イレブン達もグラウンドに集結する。

『いいなぁ...』

「混ざりゃあいいだろお前も」

『うわっ、』

後ろから頭をガッと押されて、何するんだよと染岡を見る。
混ざりゃあいいなんて簡単に言うけどさぁ...。着実に仲間が増えていくのをみると、自分という存在の違和感が半端ないんだもんなぁ。

「水津は、変なとこ遠慮しいだからな」

そう言って染岡の横から半田が顔を出す。

『変なとこって失礼だな』

「ほらそうやってズケズケ言えんだから、ボール蹴りたいなら蹴りたいって言えよな」

半田はそう言って手に持ったボールを投げ渡してきた。

「ウチには、お前が女だからダメだなんて言う奴はいねーよ」

染岡のその言葉に一瞬キョトンとする。
...最初の頃に言ったこと覚えてたのか。

ふふ、と笑えば、染岡が怪訝そうな顔をして、なんだよ、と言う。

『じゃあ...パス回し一緒にやってくれる?』

控えめにそう言えば、染岡は何故だかぷいと顔を逸らした。
え、なんでだよ。

「...しょ、しょうがねぇな」

少しモゴモゴとした口調で染岡がそう言うのに、そこは景気良くいいぜ!って言ってくれる流れじゃなかったのか、と落胆する。

「カッコつかねぇな!!」

そう言って半田がゲラゲラと笑って、うるせぇな!と染岡に叩かれていた。


トライペガサスの邪魔にならないように隅っこでやってたパス回しも、3人で始めたのが、俺も俺もと人が増えて広がって結局邪魔になるので止めてからでも結構な時間がたった。
何十回と挑戦しているが未だ、完成姿は拝めていない。

『一之瀬、夕方便で帰るって言ってたよね』

時計を見れば、時刻は15時20分。飛行場までの移動時間もあるし、もう時間はあまりなさそうだ。
それに、フィールドの上に立つ3人もハアハアと肩で息をしていてしんどそうだ。

「もう無理っスよ」

壁山がそういう横から、秋ちゃんが歩いてフィールドの中に向かう。

「えっ、マネージャー?」

思い出したの、と言って、秋ちゃんは声をかけた1年生達の方を振り返った。

「ペガサスが飛び立つには乙女の祈りが必要だって」

そう言って可愛らしくウィンクをした秋ちゃんは、踵を返して円堂達の元に向かう。

「乙女の祈りって...?」

なんだそれ?と1年生たちが首を傾げる中、私は肝が据わってるなぁとその背を見詰めて、やる事を思い出した。

「私が目印になる。3人が1箇所で交差できるようにポイントに立つわ!」

「マネージャー!そんなことしたら危ないっスよ!」

「大丈夫よ!私みんなを信じてる!」

「秋...」

「頼むぞ、木野」

円堂に慌てて栗松が駆け寄る。

「キャプテン!ポイントの前に立つってことは失敗したらマネージャーは...!」

「だから成功させるんだ!木野は俺たちの成功を信じてくれてる!」

円堂らしいその言葉を聞いて、グラウンドから背を向ける
3人が秋ちゃんの思いに行動で答えるのは知ってるし、成功するのも知ってる。けど万が一、億が一、私のせいで失敗する未来があるかもしれない。そう思った時には足が動いていた。

「水津!あれ止めなくて大丈夫なの!?」

松野の言葉に立ち止まる。

『秋ちゃんは時々円堂に似てるんだ。だから、こういう時は折れてくれないよ。それに、時間的にもチャンスはこの1回だけ...。だから私は私に出来ることをするの』

そう言って、歩き出せばその横に豪炎寺と鬼道が並んだ。

「万が一に備えるんだな。俺も手伝おう」

「何が必要だ」

さすが察し能力の高い2人だ。2人の言葉を聞いて、何をするのか理解したのか、サッカー部2年生たちは、俺にも出来ることがあるか?と聞いてきた。

「水津。指示を」

そう言って豪炎寺に肩を叩かれた。

『分かった。私は部室に救急箱取りに行ってくるから』

「それ、俺が取ってくるよ...!」

そう言って影野が走って部室に向かう。

『ちょっと待って!場所分かる!?えっと、豪炎寺と...風丸!2人で保健室に担架取りに行ってきて。鬼道は残って。私たちが戻るより先に何かあった時に冷静な判断が1番出来るのは君だから』

分かったと3人は頷いて、豪炎寺と風丸は保健室へと走っていく。

『松野と半田は家庭科室で氷貰ってきて。染岡!女の子1人くらい抱えれるわよね』

「お、おう!」

『万が一があれば鬼道の指示に従って、運ぶ係!目金は救急車呼ぶ係!いいね!』

はっ、はい!と戸惑ったように返事した声を聞いて急いで部室へとダッシュする。

『影野分かった!?』

開けっ放しになっていた部室の扉をくぐって声をかける。

「あっ、うん。いつもここに閉まってたの見てたから」

これだよね?と確認するように差し出される。

『よし。戻るよ』

救急箱を受け取って、来た道をダッシュで戻る。
グラウンドが見えてきた所で、ちょうど青い翼の生えた馬が空を飛ぶのが見えた。

「これが、トライペガサス...」

感動したような声を上げる影野と一緒に、グラウンドに入って残ってもらっていた鬼道達の傍に寄る。

『よかった...』

フィールドの中では、やったー!と円堂、一之瀬、土門、秋の4人が嬉しそうに抱き合っている。

ほっとして地面に座り込む。

「おい、大丈夫か」

ダッシュで豪炎寺と2人で担架を持って戻ってきた風丸が、心配そうに覗き込んできた。

『うん...』

秋ちゃんを見る限り何の怪我もなさそうだ。
1年生達も、秋ちゃんを守る盾になってくれてたみたいだけど、怪我をしたものはいなさそう。
半田と松野が氷持って戻って来てくれたが、不要になってよかった。
そう思ってフィールドを見つめていたら、栗松が不意にこちらを指さした。

「万が一に備えてたのは俺たちだけじゃないでやんす」

「みんな...サンキュー!」

円堂ば目に涙を浮かべて喜んでいて、皆何事もなくて良かったと笑った。

「秋、このチームは最高だよ」

一之瀬の言葉に、秋ちゃんは力強く頷いた。

「円堂。君たちに会えて本当によかった!」

そう言ってニッコリと笑った一之瀬は、飛行機の時間だと慌てて去っていってしまった。




「あの飛行機かな」

真っ赤に夕日で染まった空に、飛行機が飛んでいる。

「うん、たぶんね」

「一之瀬!また一緒にサッカーやろうぜーー!!」

飛行機が通り過ぎて出来た飛行機雲に向かって円堂が叫ぶ。

「うん、やろう!」

聞こえるはずのない声が聞こえて、皆驚いたように振り向く中、彼が日本に残ることを知ってる私だけがひっそりと笑った。


残留
まだみんなとサッカーがしたい。そう言って一之瀬も笑っていた。
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