フリースタイラーの変遷

□フットボールフロンティア編
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放課後、秋ちゃんと土門は死んだはずの幼なじみを迎えに空港へと向かった。
よろしくね、と秋ちゃんに任されたサッカー部では新たに加わった鬼道も含め、皆真面目に練習に取り組んでいる。

『どう?春奈ちゃん』

洗濯したタオルを干し終わってベンチ戻り、みんなの様子を見ている春奈ちゃんに声を掛ける。

「あっ、先輩、お疲れ様です!みんなお兄ちゃんの指示がなくてもパスが合わせられるようになってきましたよ!」

『おー。新しい距離感掴めて来たんだね』

「はい」

お隣どうぞ、と春奈ちゃんが右に寄ってくれたので、彼女の隣に腰を降ろす。

みんなの練習風景を眺めていれば、隣の春奈ちゃんが、あれ?と呟くのが聞こえた。

『どうかした?』

「あそこ、フィールドの隅の方に...入部希望者ですかね?」

春奈ちゃんが指した方を見れば、茶髪の美少年が立っていた。

『あー、どうだろうね?』

彼は、キラキラとした目でフィールドで練習する皆を見つめていた。

「ドラゴンクラッシュ!」

「熱血パンチ!」

染岡のシュートを円堂が弾きそのボールが美少年の足元に転がって行った。
少年はそっとそのボールを拾い上げる。
おーい!ボール!と円堂が手を降れば、少年はふっと笑ってそのボールを地に置いてドリブルでフィールドの中に入って栗松と半田の間を抜けて、ゴールの方へと向かう。

「あの二人をあっという間に...!」

『まるで2人を三角コーンかのように抜けていったね』

ドリブル練でよくある並べたコーンの間を駆け抜ける。まさにあれの動きだった。
ゴール正面に来た彼を見て円堂はよし来いと手を叩く。
少年は後ろ頭から倒れて逆立ちした後、ブレイクダンスのtwo thousandという技のようにクルクルと身体を回転させる。体幹が凄くいいな。

「スピニングシュート!」

「ゴッドハンド!」

少年のシュートは円堂の手のひらに何とか収まった。
それを見て少年は、君の勝ちだと円堂に近寄った。

「ペナルティエリアの中からシュートしてたらそっちの勝ちだった!」

「素晴らしい技だね!あー、アメリカの仲間にも見せてやりたいなぁ」

空を見上げて話す少年にアメリカでサッカーやってるのか!と詰め寄った。

「こないだジュニアチームの代表候補に選ばれたんだ」

「聞いたことがある...将来アメリカ代表入が確実であろうと評価されている天才日本人プレイヤーがいると」

鬼道のその言葉に、まさか君が!とみんなが群がる。
そんな様子を横目に見てたら、しょぼくれた様子で秋ちゃんと土門が帰ってきた。

『2人共おかえり』

そう声をかければ、声を揃えてただいまと返される。

「ところで、みんなは何してるの?」

秋ちゃんが群がってる皆を見つめて不思議に首を傾げると、彼女が帰ってきた事に気がついた円堂が輪の中から出てきた。

「木野!こっち来いよ!今すっごいサッカーの上手い奴が来ててさ!」

ビュンッ、円堂が説明しているさ中、輪の中心人物が凄い勢いで飛び出して秋ちゃんに抱きついた。
突然の事に秋ちゃんは驚き頬を染める。

え、ええーー!!!と雷門イレブン達からも驚きの声が上がる中、彼女の幼なじみである土門が、お前何を!と慌てて引き剥がそうとする。
そして、何かに気がついたように、あっと呟いて、土門は動きを止め、少年は、ふっと笑って秋ちゃんから離れた。

「久しぶりだね」

離れた事でやっと少年の顔が見えた秋ちゃんは、え、と瞬きした。

「俺だよ」

人差し指と中指をくっ付けて少年はウインクして見せた。

「...一之瀬くん!」

「ただいま。秋」

そう言って一之瀬は優しげな笑みを浮かべた。






積もる話もあるだろうからと3人にベンチを譲って、フィールドの傍に立って練習する皆を見守ていれば、ものの数分で円堂がおーいと声を上げた。

「一之瀬、一緒にやろうぜ!」

そう言って円堂がブンブンと手を振れば、一ノ瀬と土門は一緒にフィールドに駆けて行った。

『...全く。円堂に気を使うとか無理か』

そう言って秋ちゃんの元に寄れば、彼女はうふふ、と楽しそうに笑った。

『よかったね』

「うん。本当に、一之瀬くんが元気になって、よかった」

少し目を潤ませて言う彼女の横に座ってそっと背に手を置いた。

フィールドでは一之瀬は鬼道とフェイント勝負をした後円堂とPK勝負を始めた。




「15対15だ!もう1本!」

「もう1時間以上もやってますよ」

春奈ちゃんも立って見るのが疲れたのか、ベンチに戻ってきて座った。

「2人とも負けず嫌いだから」

それを聞いて、春奈ちゃんはくすくすと笑った。

「似てますね!外見は全然違うのに!」

「そう...初めて円堂くんにあった時からずっと感じてた」

そう言って秋ちゃんは円堂と一之瀬を見つめている。
一之瀬は本当に体幹がいい。1時間やってもフォームが崩れない。本当に二度とサッカーできない怪我を負ったのかと疑う位のレベルだ。
リハビリ相当頑張ったんだろうな。

『嗚呼...、嫌だな...』

「水津先輩?」

私だって、リハビリめちゃくちゃ頑張った。頑張ったおかげで見る人が見れば少し引きずってるなと思う程度には回復した。けど、それじゃあ、もう1度ボールを蹴ることは出来なかった。
幼かった彼と18でもう大人の身体が出来上がった私では細胞の再生能力の差や怪我の度合いで治り方が違った。そういうことだと頭で理解してても、私だって頑張ったのに、何故という思いが心を支配してしまう。
なんで、私だけ。


トン、と背中に何かが当たり、横を向けば秋ちゃんが私がさっきやったように背に手を当てていた。

「梅雨ちゃん。行ってきてもいいんだよ」

そう言って秋ちゃんは笑った。

『えっ、』

「梅雨ちゃん今、羨ましい。そんな顔してたから」

羨ましいなんて、そんな生優しいものじゃない。私の感情はもっとドロドロとしたものだった。けど、秋ちゃんが背に当ててくれている手がとても暖かくて、そんなドロドロとしたものも溶かしてくれるような気がした。それに、

『秋ちゃん...』

「ん?」

『今、名前』

そう言えば、え?と秋ちゃんは首を傾げた後、あっ、と言って口元を手で押えた。

「ご、ごめん。土門くんが梅雨ちゃんって呼ぶのが移っちゃったのかも」

嫌だった?と秋ちゃんに聞かれてブンブンと首を横に振る。

「じゃあ、これからも梅雨ちゃんって呼んでもいい?」

『うん』

ふふ、名前で呼んで貰えるようになった分、一之瀬に勝ったな。
なんて、くだらない事を思いながらフィールドを見つめ直す。
その横で春奈ちゃんが、うんと1つ頷いて立ち上がった。

「みんなー!水津先輩も混ぜて欲しいんですってー!!」

春奈ちゃんは手を口元に添えてメガホンのようにして大声で叫んだ。その言葉にみんなが動きを止めてベンチを振り返る。

『えっ、ちょっと』

いいよ、いいよ、と春奈ちゃんを止めようと立ち上がる。

「おー!水津も来いよ!」

ブンブンブンと大きく円堂が手を振ってくれる。

「私達のことなら気にしなくていいのよ」

そう言ってトンと秋ちゃんに背を押される。

「行ってらっしゃい」

『秋ちゃん...。じゃあちょっとだけ』

そう言ってフィールドに駆け出す。

「最近、夏未さんもあまり来れないからってマネージャー業に専念して梅雨ちゃん練習に参加してなかったもんね」

「はい。先輩ホントの事言わないから心配になっちゃいますよね」

「ね」

なんて後ろで2人が話をしてるのは知らずに、みんなの方へと向かえば、さっさと入ってくれば良かったのにと松野に言われる。
そう簡単じゃないんだよ、と松野を小突いていれば、ひょいとボールが飛んできて、それをトラップして、跳ね返ったボールを膝からつま先に滑らせて、そこから上に蹴って、今度は頭で跳ね返らせて、とリフティングをする。せっかくだからと、さっき一ノ瀬がスピニングシュートでやっていたtwo thousand、逆立ちでの回転技をやってみせる。

「へぇ、上手いね!」

「ああ。梅雨ちゃんフリースタイルフットボールやってんだって」

「ああ、それで」

土門の説明を聞いて納得したように一之瀬は頷いて、リフティングを止めれば、すごい凄いと手を叩いてくれた。

『どうも』

「水津はもっと凄いのも出来るんだぜ!バーンってなってビョーンってなるんだ!」

いやそれじゃ分からないでしょと円堂の説明に苦笑いを零す。

「そうなんだ。バトルをやるの?」

『えっ、まあ対戦申し込まれれば。基本はショーケースとかチャレンジをやってる』

「ああ、ルーティンがある方が得意なんだ」

『うん。てか、詳しいね』

正直、驚いたわ。ショーケースでちゃんとルーティンって単語が出てくるとは。

「ルーティンってなんでやんす?」

『ああ、ルーティンは決まった時間に内に連続で出す技を自分で構成して披露する事なんだけど、それの技の完成度の高さを競うのがショーケースで、大会とか提示されたお題をやるのがチャレンジ。バトルは、3分の間30秒ずつ交代で競技するんだけど、相手の出方を伺って技を変えながら戦う感じ、かな』

「へぇ、フリースタイルフットボールってただ、ボールをリフティングするだけじゃないんだな」

感心したように言った半田にそうだよ、と頷く。
他にも対戦種目がいくつかあるし、何処かの誰かさんはチャラチャラしたお遊びなんて言ってたが、パフォーマンスとして生業にしている人だっている。

「水津さんのルーティン見てみたいっス!」

「俺も!」

「なんだかんだで俺ら水津さんのパフォーマンス見た事ないですよね」

1年達から上がった声に、思わずえっ!?と声に出す。

『それは...』

「ダメなの?」

俺も見てみたかったんだけど、と一ノ瀬に言われる。
ダメ、というか。私が作ったルーティンは過去に怪我したアレなわけで。それをやるとなったら、いつもみたいに適当に飛んで跳ねてやってるのと違って、覚悟がいる。また失敗するんじゃないか、という恐怖からこの怪我のない、更には身体能力の上がった体になっててもルーティンの練習はして来なかった。
見たい見たいと言うみんなの視線が刺さって膝と手が震えて、変な汗がでる。

「お前達、あんまり無茶を言うな」

そう言って、ポンと肩に手を乗せられた。

『風丸...』

「こういう個人競技って根を詰めて練習するもんだろ?水津は俺たちの練習に付きっきりで個人練習なんか出来てないんだから無茶いうなよ」

元陸上部、アスリート気質の高い風丸の言葉に、あー、とか確かにとかみんな声を零す。

ありがと、と小声で風丸に言えば、いやと返される。

「あーあ、見てみたかったな」

そう言った宍戸に、コラ!と風丸が怒ってる。雷門イレブンのお母さんだなぁ。

『...みんながフットボールフロンティア優勝したらね』

「え!本当か!!」

ぼそりと呟いたつもりだったのだけれど、円堂に聞かれてしまった。

『うん』

せっかく動ける身体を手にしたのに、ずっと過去に縛られるのもどうかと思うし。これを機に、挑戦してみるのもいいかもしれない。

「やった!」

「優勝する目的が増えたな」

「よーし、頑張ろうぜ!」

おう!と拳を突き上げる子供を見て、未だに震える手を強く握った。


トラウマ克服チャンス到来
とは言え、10年近くやってない事をやるってなるとまず構成を思い出すところからだな。
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