フリースタイラーの変遷

□フットボールフロンティア編
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コンコンと扉をノックして、入るよーと声をかければ、ああ、と返事が返ってきた。
なんで部屋の主の私がノックしなきゃいけないんだ、と思いつつ、お盆を片手にドアを開けて中に入る。

『服のサイズちょうどよかったね』

「......ああ」

部屋の真ん中に立っていた鬼道はなんだか不服そうに頷いた。大方女子の服のサイズでちょうどいいってのが気に食わないんだろうけど。
そんな鬼道の腕には綺麗に畳まれた服が抱えられている。

『濡れた服は...そうだな』

ローテーブルの上に持ってきたお盆をひとまず置いて、収納棚を開ける。

『確かここに...あった!これに入れて持って帰りなさい』

収納棚から取り出したのは以前ペンギーゴで買い物した時に商品を入れてもらったビニール袋。これなら濡れ物でも大丈夫だろうと鬼道に手渡す。

「ああ、すまない」

『それ入れたらこっち座りな。お茶にしよう』

ベッドからクッションを降ろして、ローテーブルの前に置いて、ぽんぽんと叩く。
対角に座りながら窓の外を見れば、雨はすっかり上がっていて。どうやらさっきのは通り雨だったようだ。

『お家には連絡入れた?』

「ああ、迎えが来るが、家からだと恐らく到着に30分はかかるだろう。悪いがそれまで邪魔になる」

服を詰めた袋を横に置いて、鬼道はローテーブルの前に座った。
いいよ、と言ってお盆の上に乗せたままだったティーカップを彼の前と自分の前に移動して、ティーポットからお茶を注ぐ。

「紅茶か」

『うん、アールグレイ。紅茶、苦手だった?』

いや、と鬼道は首を横に振る。
まあ坊ちゃんだし、珈琲も紅茶も良いの飲みなれてそうだよね。

『ならよかった。お砂糖は?』

「不要だ」

おおう、大人。私はひとつ角砂糖を自分のカップに入れた。
クルクルとティースプーンでかき混ぜながら、鬼道を見れば、彼はカップを手に取って茶葉の香りを堪能した後、カップに口をつけた。所作が綺麗だ。金持ちの家ってそういうのうるさいんだろうなぁ。大変だ。

「なんだ。ジロジロと見るな」

心底嫌そうに言った鬼道にごめんごめんと返す。

『なんか鬼道が家にいるの変な感じしてさ』

「お前が引っ張って来たんだろうが」

うん、まあそうなんだけど。

「全く、お前といい、円堂と豪炎寺といい、雷門には強引なやつしか居ないのか」

『いや、それは誠に申し訳ない』

円堂はいきなり学校にまで押しかけていくし、豪炎寺はいきなり強烈シュート打ってくるもんね。

「本当に、強引にも程がある...」

カップに手を添えて、鬼道はその水面を見詰めた。

『豪炎寺に、円堂に背中を任せる気はないか、とでも言われた?』

「なぜ、それを...」

驚いたように顔を上げて、鬼道は私の方を見た。

『ちょっとしたチート』

そう言えば鬼道はカップを置きながら、ああ、と呟いた。

「別の世界から来たとか言ってたな。まあ、そんな冗談はさておくとして、大方登場前に聞いてたんだろう」

うーん。冗談じゃないんだけど。まあ登場前に聞いてというか遥前にアニメ見て聞いてたし、うん、と頷いておく。

『で?鬼道はどうするの』

「そんな都合のいいこと許されるわけがない」

『...鬼道はいい子ちゃんだね』

「は?」

ぽかんと口を開けた鬼道に、いい子ちゃんだよと繰り返す。

『私はキミにどうするか聞いたんだよ。周りの判断はどうでもいい』

春奈ちゃんの兄、鬼道財閥の跡取り、帝国学園サッカー部のキャプテン、今までの色んな事が彼をこういった風に形成していって、わがままとかほとんど言わずに育ったんだろうな

「どうでもいいわけないだろ。俺は...」

『鬼道有人だよ』

「そうだ。俺は鬼道家の『違うよ』

彼の言葉に被せるように否定すれば、何が言いたいと鬼道は私を見た。

『鬼道家とかは関係ない。ただ、君が君としてどうしたいかだよ。こう、ほらないの!?帝国の皆の敵を取りたいとか!!』

「そんなもの!お前に言われるまでもなくあるに決まっているだろう!!俺はあの場に居て、何も出来なかったんだぞ!!!誰よりもこの俺がアイツらを倒したいさ!!」

声を荒らげて怒鳴った鬼道に、ああ、よかったと思い、腰を浮かし机を挟んだ先の彼の頬に手を伸ばす。

「おい、」

『それが君の本音?』

ピタリと添えた手を退けることなく、鬼道は静かに下を向いた。

『沈黙は肯定と受け取るよ。鬼道、君が望むなら私は、豪炎寺が指した道の行き方を教えてあげれる』

「俺は...帝国学園のみんなをあんな風にした世宇子中を許せない。そして何よりも...あの場で俺がピッチに立てなかった事が許せない。二度とあんな後悔は御免だ」

『うん』

「同じ後悔はしたくない。そのために、俺はピッチに立って円堂に背中を任せたい」

顔を上げて真っ直ぐ見つめてきた鬼道の顔から手を離す。

『分かった。鬼道、最後に一つだけ確認していい?』

ああ、と頷く鬼道に見えないように、テーブルの下で震える手を握る。

『煽った私が言うのもなんだけど...。この先この選択が君を傷つけることになるかもしれない』

鬼道が雷門に行かなければ、この先の未来であんな事にはならないかもしれない。

『それでも、いい?』

「やらずに後悔するのは御免だ」

『そっか。それを聞けてよかったよ』

ほっとは出来ないが、彼の覚悟がそこまであるなら、きっと大丈夫だろう。

『なら、』

早急に手配しよう
例のスカウトの件だけど、そう言って夏未ちゃんに連絡を取った。
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