めいん

□もし会えたら
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「ごきげんよう。メフィスト・フェレス卿?」

蝋燭のみが照明の、薄暗い部屋。

そこに静かに響くのは、確かに女性のものであったが、その声には愛らしさや女性らしい優しさなどというものは微塵も感じられず、ただ、冷たさと怪しさを放っていた。


「……ああ、貴女でしたか。お久しぶりです。――あれから何かお変わりありましたかな?」


女に応えるのは男の低い声。
どこか油断をしてはならないような、緊張感を含んでいる。


「お変わり?ありましたわよ。――そうね、奥村燐の監獄入りが決まった、だとか?」





『もし会えたら』








その日は厚い雲が空をおおっていて、兄さんの好きな青空は姿を見せないでいた。
そんな今の僕の気持ちを代弁するかのように重い天気は、兄さんの瞳にはどう映るのだろうか。


「兄さん。」


黙々と荷物をまとめる後ろ姿は、なんだかいつもより小さく見えて。
窓の外から見える空をできるだけ兄さんに見せたくなくて、馬鹿らしいことだと分かっているが、窓の前に僕の背中をおく。

そんな。
どうせ外に出るのに。空を見ないハズがないのに。

でも、「最後に見る」空が、せめて兄さんの好きな色であったなら。
そう願ってしまうのは悪いことではないだろう。




いつその命令がくるか。それは前から分かっていることだった。

いや、「これだけ」ですんだほうが、もしかしたら奇跡なのかもしれない。


昨晩、ヴァチカン本部から言いわたされた命令というのは、兄、奥村燐の監獄入りを補助せよ、というものだった。

半分は人間とはいえ、悪魔の、しかもサタンの血を受け継ぎ、その青い炎を纏う兄さんはいつ処刑されてもおかしくない存在だった。
だからまだ処刑、ではなく、「幽閉」のほうがマシなのだろう。しかし、僕の中でそれは確かなダメージとなって胸に刺さる。


いつきてもおかしくない命令だった。

だけど、昨晩急に鳴った電話は、僕らの生活をこうも簡単に壊してしまうんだ。


「――――おい。もういいぞ。」


「……いい、って、兄さん、着替えしか持っていかないの……?」

友人の家に遊びに行くワケではないのに、
もしかしたら一生暗闇からぬけ出せないかもしれないのに、

「だって、どうせ持ってっても意味、ないだろう。」


薄っぺらいカバンにつめたのは、本当にただの着替えだけで。


「な、早く行こうぜ。お前が怒られるだろ?」


そう言ってから微笑むのは、僕の知らない表情の兄さんで。


胸が苦しくなるほど、切ない笑みだった。
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