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□思い通りにいかない人
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塾に行く為、電車が来るのを待っていた。

「か・ざ・まく〜ん」
「うわぁあああ」

耳に息を吹きかけられて思わず後ろから飛びのいた。
この声とこういう悪戯をする人物を僕は一人しか知らない。
小・中・高と別の学校でたまにしか会わなくなった筈の幼馴染、野原しんのすけ。

「相変わらず敏感なんだから〜」
「う、うるさい!何でここにお前が居るんだよ!!」

にやにや笑うしんのすけに怒鳴っていると、ちょうど電車が滑り込んできた。
帰宅ラッシュで込み合う車内に何とか身体を滑り込ませて自分の場所を確保すると一息つく。

「いやぁ〜凄い込みようだね?驚いちゃった」
「!!何で乗ってるんだよ!?」

自分の後ろ、密着する形でしんのすけが居る。
首を回してみようにも殆ど動けなくて気配を感じるだけだが、抱き込む様に腕を回されて脈が速くなる。

「俺も風間くんと同じ塾に通う事にしたんだ」
「は?」
「だって、ずっと違う学校だったから大学は一緒の所に行きたかったんだもん」
「ってお前、俺が行く大学知ってるのかよ」
「うん、トオルちゃんのママに聞いた」
「その言い方やめろ」

背中が熱い。ドキドキとうるさい鼓動と熱い顔。
無理やり手を剥がしてしまいたい。
でも、剥がしてもこの混みようでは意味がない。だって密着しているのは変わりないから…それに、抱き締められてるこの状況が嫌な訳じゃない。

「ね〜俺が同じ大学受かったら一緒に住もうね?」
「……嫌だよ」
「もう、照れ屋さんなんだから〜」
「照れてない!」
「顔真っ赤だよ?」
「っ!」

あ〜もう嫌だ。本当に嫌だ。何でしんのすけにだけこんなに調子が狂わされるんだ。
昔から変わらないこのやり取り。
他の人だとこうはならない。
どんなにからかわれても笑顔で返せる自信がある。
なのにしんのすけからだとこうも感情が表に出てしまう。

「好きだよ風間くん。大好き」
「…うるさい」
「そんな天の邪鬼な所も、素直じゃない所も全部好き」
「……ここが何処だか分ってんのかよ」
「分ってるよ。場所なんて関係ない、俺は口説ける時に口説くの。だって風間くんとは中々会えないんだもん」

「ばーか」

何でこんなに嬉しいって思ってしまうんだろう。
身体を預けてみたらしっかり支えてくれるしんのすけ。
小さく笑われて、表情だけは不機嫌な様子を保ったままにしてるけど、きっとしんのすけにはばれてるんだろうな……

「もし、万が一、俺と同じ大学に受かったら住んでやってもいい」
「えっ!本当?俺すっごい頑張る!頑張っちゃう!!あ、塾も一緒に通おうね?折角同じ所に行く事にしたんだから」

もう勝手にすればいい。
心の中でそう呟いて抱き締めたままのしんのすけの手に自分の手を添えた。
見なくても満面の笑みを広げているだろうその表情が想像できる。

「楽しみだね」

しんのすけの言葉に心の中で同意した。



おわり

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