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□三毒に始まり君に終わる
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「なにしとんのやろ、俺……」
もしかしたら学校で燐に会ってしまうかもしれない、という理由で欠席。こんな気構えで塾に行けるわけがないと溜め息を吐いた志摩がごろんと寝がえりをうつ。
昨夜、雪男が任務でいないという理由で燐の部屋にお呼ばれした志摩は、キスをした流れで燐を押し倒した。勿論恋人関係であるし、お付き合いが始まってからそれなりの時間が経っている。わざわざ聞きはしなかったが、志摩は合意の上と認識していた。
が、殴りとばされたのだ。
炎やサタンの力云々を抜きにしても、元より喧嘩慣れしている燐だ。クリーンヒットもいいところで、骨が折れなかっただけ運がいい。しきりに謝ってくる燐に、どう返していいか分からず、気まずいままに帰ってきてしまったことが、志摩が布団に岩戸隠れをしている理由であった。
肺の空気を全て吐きだす勢いで溜め息をつきまくる志摩の後ろでカチャリと扉が開いた。
「なんや、忘れもんですか……」
「あの、志摩……」
「えっ、奥村くん?!」
ばさりと布団を跳ね除け起き上った志摩に、俯いたままの燐がびくっと肩を揺らす。
「ど、どないしたん?鍵は……」
「勝呂がくれて、あの、入っていいか?」
「え、ええよ?うん、入りぃ!よう来たね!おはよう!」
「おはよ……」
「今日はどうしたん?良い天気やのに!がっこは?!」
テンション高くあはははと笑いながら言う志摩の顔を燐がおずおずと見上げる。途端に目を逸らして気まずそうに笑う志摩に、ぎゅっと唇を噛んだ。
「ま、まぁ座って座って。なんか飲む?飲もうか!何飲む?!」
「落ちつけよ」
「あ、そ、そやね!落ち着こうか!」
わたわたとして座った志摩に、燐も習う。お互いに目をあわせられずに、暫く沈黙が続いた。
「お、奥村くん学校は?」
「志摩こそ、学校は」
「俺?!お、俺はあの……頭のビョーキ?」
「じゃあ俺もそれでいいや」
「あ、あぁ……そう……お互い大変やね」
へらへらと笑う志摩に燐が意を決したように口を開く。
「昨日は、ごめん」
「もうええって!俺の方が悪かったんやから……」
「ちげーんだよ、志摩は悪くねー」
ムッとして言った燐に志摩が首を傾げる。眉尻を下げた燐が志摩の頬に手を伸ばし「痛むか?」とやけに男らしく聞いて来たために、志摩は背をぞぞっと嫌な予感で震わせた。
「ま、まさかとは思うけど、奥村くん上狙うてるんか……?」
「上?」
「する、しないやなくて?!押し倒されたんが気に食わんかったんかぁぁあああ!いや、せやけど無理!俺、下は無理!っていうか俺と奥村くんやったらどう考えても俺が上やろ?!な?せやな?違うって言って!!」
「違う……?」
いやだぁあああああと叫ぶ志摩に燐が目をぱちぱちと瞬かせる。
「あの、志摩、聞いてる?」
「あ、うん、ごめん……なんやったっけ?」
「あのな、俺な、ああいうのスるのが嫌で殴ったんじゃねーんだよ……」
「やっぱり上かぁぁぁああ!上を狙うてんのかぁああああ!!」
「いや、だから上って何だよ」
「奥村くん!」
「はい?!」
正座をして身を乗り出した志摩に、燐も慌てて正座をする。すぅっと息を吸った志摩の真面目な顔に燐が少し笑う。
「俺は奥村くんが好きです、大好きです!せやかてそれは無理や!俺は奥村くんをそういうえっちぃ目で見とるんや!今更そんなん変えられへん!後生やから抱かれてくださいお願いします!!」
「お、お、俺も志摩が好き、だ。だから、あの……」
恥もなく土下座した志摩の頭上で燐がごそごそと学生鞄を漁る。ん?と頭を上げた志摩が目にしたのは、到底燐の鞄から出てきそうにないものの数々だった。
「あの、奥村くん……念の!念のために聞くけど、これは俺を無理やりヤってまうとかそないな物とちゃうよね?!」
「昨日、あの後メフィストに頼んで貰ってきた。俺、嫌じゃなくても多分抵抗しちゃうから」
「えっと、奥村くん。あの、何回も言うようやけど、俺が上でええの?そういうことでええの?」
「上とか下とか何言ってんのか分かんねーよアホ志摩。だ、だ、抱かれてやるって言ってんだよ」
「良かったぁ……」
顔を真っ赤にして言った燐に全身の気が抜けた志摩は、改めて燐が出したものを見直す。ビニル袋に入った銀色の手錠。小瓶に入った透明の液体。粗縄。そして何故か札とカラの瓶。
「で、奥村くん。これは何ですの?」
「お前とスるための道具だ!」
「いや、そんな良い笑顔で言われても……奥村くんサドなん?マゾなん?俺はどっちでもいけるけど、初めては普通にしたいわぁ」
口説きモード全開で言う志摩に、燐がしょぼんと下を向く。
「お、俺も志摩とシたい……それはほんとなんだよ、でもなんか身動きとれなくなると殴り飛ばしたくなっちまうっていうか」
「さ、さすが奥村くん……」
「だから、昨日のは咄嗟に手が出たっていうか……俺、わけわかんなくなったら炎出すかもしんねーし」
「え、だからこれで縛れいうことなん?せやけど、奥村くんやったら手錠とか壊しそうやけど」
半笑いで言った志摩に、燐の口がとがる。細い指が手錠の入ったビニル袋をつまみ上げて、じとっとした目で睨みつける。
「これ、聖銀製」
「え、それって奥村くんやばいんと違う?」
「そんな強くないってメフィストは言ってた。クラクラするぐらいだって」
「ほんなら、これも?」
志摩が透明な液体の入った小瓶を手に取り、朝陽に透かして振る。
「うん、CCC濃度の聖水。自分の血をちょっと入れて薄めてから飲めって。身体痺れるからって」
「……これは?」
「封印用の縄と札」
「じゃあこれは」
残ったカラの瓶を指さした志摩にギクりと燐が固まる。慌てて掴んで鞄にしまい込むのを、志摩が胡乱な目つきで見やる。
「何でもねぇよ!間違えて入ってた!」
「あの理事長さんがタダでとは言わんと思うんやけど、俺は」
「なぁ志摩、これで出来るぞ!」
「俺は質問してるんやで、奥村くん。今しまったのはなんやの」
「……ケンキューすんだって」
むすっとして言った燐に、志摩が「何を」と平淡な声で尋ねる。言いにくそうに二、三度口を開閉した燐がふっと息を吐く。
「せーし、とってこいって」
「あンの変態ピエロ……」
「研究だってば!」
「何が研究や!アホか!ただの変質者やろ!」
「そ、そういうこと言うなよ。ワガママ言って用意してもらったんだから……俺は志摩とデきるんだったら、そんぐらいいいよ、別に」
もごもごと言う燐を可愛いと思う反面、何から何まで理事長につつぬけなのかと思い、志摩を頭を抱えた。鞄ごと叩き割りたい衝動を抑えて、燐の手首をとる。
「志摩……?」
どうした、と言って首を傾げる燐をそのまま志摩が床に押し倒す。うわっと声を上げて、突き飛ばそうと勝手に動く腕を寸でのところで燐が止めた。
「志摩、待ってまじ待って、縛ってからにしろって!」
「殴りたかったら殴ってええよ」
「お前死ぬぞ!ただでさえ弱っちぃんだから死ぬぞ!」
「地味ぃに傷つくんやけどそれ」
顔の横に手をついた志摩が、挙動不審に目を逸らす燐を見て笑う。所在なさげに動く燐の手を握り、首の後ろに回させる。
「なぁ奥村くん」
「な、なんだよ……」
「俺なぁ、エロ魔人やんか」
「自分で言うんだ、それ」
憐れんだ目で見てくる燐に吹きだした志摩が、上体を落として、肘をつく。
「坊にいっつも言われてるさかい。俺、そんなやけど、そこまでしてヤろうとか思うてへんよ」
「……そんなこと言ったら、いつまでたってもできねーぞ」
「ゆっくりでええんよ。縛って奥村くん嫌がってんの無理矢理ヤって、そんなん何も楽しないやん」
「お、俺だってシてーんだよ!」
「それは分かってるって。ゆっくり慣れてってくれたらええから」
志摩が好き勝手跳ねる燐の柔らかい髪を撫でれば、二人の腹のあたりでぶんぶんと尻尾が振られる。
「なんや窮屈そうやな」
「あ、隠してたんだった」
器用にベルトを割って出てきた尻尾が志摩の背に回る。べしべしと叩かれて笑った志摩が、身体を起こして燐の腕をひく。膝のうえに乗せて、ぎゅっと抱きしめた。
「なんだよ志摩」
「んー?なんでも。嫌われたんやないかと思って、ちょっと凹んでてん。優しくしてや」
「しょーがねーな」
ピンク色の髪に頬ずりした燐が、耳元でくすりと笑う。黒く柔らかい尻尾が、背に回る志摩の腕に甘えるように巻きついた。
「志摩ぁ」
「んー?」
「ありがとな」
「別にそんなん言われることしてへんよ。積極的にえっちぃ奥村くんも見れたし、むしろ俺的には万々歳や」
「そういうこと言うから、お前はモテねーんだと思う」
肩に額をすりつけていた燐がふぁ、と欠伸を噛み殺す。ごしごしと目を擦る手を止めさせて、志摩が聞いた。
「なんや眠いん?」
「ん、昨日眠れなかった」
「まさか理事長にあんなことやこんなことやそんなこと……」
「どんなこともされてねーよ!お前のこと考えて眠れなかったんだよ!馬鹿!」
「関西の人間に馬鹿は禁句やで奥村くん、凹むわ」
よし、と言っていきなり燐を抱き上げたまま志摩が立ち上がる。わわわ、と強く抱きついた燐にへらへらと志摩が笑った。
「あっぶねーだろアホ志摩!落とす気か!」
「落としてませんやん。俺も眠いんよ、一緒に寝よー?」
「……がっこ−は?」
「んー、このまま行ってもきっと寝とるだけやし、ええやん一日くらい」
ぱさりと布団に燐を横たわらせた志摩が、そのまま隣に潜り込む。鼻まで布団を持ち上げた燐がへへへと笑った。
「どしたん?」
「……志摩の匂いがする」
「……あかん、あかんよ。奥村くんそれはあかんわ」
「何が?」
「……寝よか。おやすみ」
何だよどういう意味だよと騒ぐ燐をまぁまぁとなだめた志摩が、ぎゅっと抱き枕よろしく燐を抱きしめる。むっとしながらもおとなしくなった燐はすぐに寝る体勢に入る。平均睡眠時間11時間の怪物に、徹夜は相当堪えたらしい。
「志摩ぁ、おやすみ……」
「ん、おやすみ」
頭を撫でてくる志摩の手に気持ち良さそうに尻尾が擦り寄る。やっぱあかんわ、と呟いた志摩の声はもう燐には届いていなかった。燐のゆっくりとした寝息は、志摩の瞼も重くしていく。チュンチュンと鳴く鳥の声を煩わしいと思う間もなく、二人は夢のなかへと引き込まれていった。
+
(志摩ぁ、奥村ぁ、昼飯買うてきてやったぞー)
(……坊、なんですのこれ)
(……学校サボって、何をしとんのじゃ貴様らぁぁぁあああ!!!)
(うぶぁっ?!えっ、坊?!なんで?!まだ学校やないんですか?!)
(んー、志摩ぁ……)
(奥村ぁあああああ!!!お前!!こないなことさせるために鍵渡したとちゃうねんぞ俺は!!)
(坊うっさいぃ……志摩ぁ、ぎゅうして……)
(坊言うなや!!!あああああ、穢れてる!貴様らの脳味噌は穢れてる!!)
(手錠、縄……どっちの趣味ですのこれ)
(こ、子猫さんそれはちゃいますんやって……ってか坊を止めてくださいぃぃぃい)
(志摩さん、往生してください……)
(いややぁぁぁあああ!起きて!奥村くん起きて!一緒に弁解してや!)
(んー……志摩ぁ、きもちいからもっとしてくんなきゃヤだぁ)
(志摩ぁあああああああああ!!!)
(うぎゃあああああああああ!!!)
おわり