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□君君たらずとも
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「教師いうたってアンタ結局高1やろ?無理しなはんな?」

パンっと肩を叩いてくる志摩に、眼鏡のブリッジを押し上げた雪男がいつも通りに教師然とした態度で返す。


「僕は無謀な冒険はしない主義なんで」

「そないなこと言うて、せんせかてエロ本の1冊や2冊や3冊や4冊や5冊や6冊……」

「いつまで言うとんねんお前は!」

バシンと勝呂に頭を叩かれた志摩に、子猫丸が自業自得だと溜め息を吐く。クスリと笑った雪男は、夜風に当たりに行ったまま帰って来ない兄に気をかけつつ、彼の字が躍る答案に×をつける。


「せやかて……坊は気にならんのですか?!ストイックが服着て歩いてはるようなせんせの性生活!アカンよ、アカン!無理な我慢は身体に障りますてほんまに!金玉破裂してまいますって!」

「志摩さんは破裂さして少し煩悩絶ったほうがええと思うよ?」

「子猫丸の言う通りや、なんなら俺が蹴り潰したろか?」

「何で俺の回りはこうも性欲の足りん人たちばっかなん?!奥村くぅううん!!帰ってきてぇぇええ!マイオアシーーーーッス!」

幼馴染二人にぼろくそに言われる志摩の口から兄の名前がでたことに雪男がピクリと反応する。いつまでも騒ぎ続ける彼らのお下劣な会話の内容を、兄の耳には入れたくないというのが本心だ。大雑把な燐のこと、雪男にまでエロ眼鏡と罵声を浴びせることだろう。


「志摩くん、そんなに知りたいんですか?」

「え、えぇんですの?そりゃまぁ興味はあります」

「まぁいいでしょう。僕はそういう雑誌類は所持してませんよ。奥村くんと同室ですからね。いつ漁られるか分かったものじゃない」

「え、この広い寮で部屋分けておられんのですか?」

えーっ!!っと固まっている志摩をよそに子猫丸がそう問う。「兄弟ですから」そうサラリと返した雪男に、強烈な志摩家の兄弟陣を脳裏に浮かべた勝呂と子猫丸が顔を見合わせる。ハッ、と回復した志摩が、え?え?と言いながら雪男に向かって疑問符を飛ばす。


「なしてそこに奥村くんが出てきはるんですの?奥村くんかて興味深々でしょーに。てぇか俺は普通に兄貴たちにエロ本借りますよ?」

「奥村くんには刺激が強すぎますから。正直言って彼は年不相応に初ですからね。中学2年の時に性行為についてしつこく聞いてくるものだから、冗談でコウノトリがどうのと話したのを、多分未だに信じてるんじゃないかな」

「うわぁ……何ですのそれ、かわいそすぎる……せやからこの前ヤンジャン貸したときに、あんなキョドってはったんか……」

うぅっと涙ぐんで俯く志摩を見下ろした雪男の冷たい目を見て、勝呂と子猫丸がサッと目を逸らす。

彼らの目撃する奥村ツインズは大抵の場合、雪男雪男と騒ぐのは燐のほうで、ちょっかいをかけるのも燐だ。それに対し教師と生徒の分を弁え『奥村くん』と呼び続ける雪男。てっきり燐のほうにブラコンの気があると思っていた勝呂と子猫丸にとって、新事実は結構な衝撃であった。


「そういうことなので、奥村くんにあまり変なことを吹きこまないで下さいね。それとあくまで勉学のための合宿ですので、不純異性交遊も慎むように」

「なぁなぁ奥村せんせー」

「なんですか志摩くん」

飄々と捉えどころのない男、志摩廉造。いつだって柔らかい人好きのする笑みを浮かべている彼がニヤリと笑ったことに、雪男は眉根を寄せた。我関せずと筆記具を片し始めた勝呂と子猫丸だが、耳は完全に二人の会話に集中している。


「純同性交遊ならええんですか?」

「志摩くんが、そういう子どものような言葉遊びが好きだったとは意外ですね」

「えー?俺、結構本気で聞いとるんですけど」

にやりにやりと攻撃的に笑う志摩に、雪男も口角を上げる。「志摩、風呂行くで風呂!」と言う勝呂の声を遮って、柔らかい雪男の声が常より低く紡がれる。


「君が言っているのが勝呂くんなのか三輪くんなのかは全く興味がないですけど、そういうのは僕や奥村くんの見えないところでしてくださいね。あからさまな差別はしませんが、閉鎖的であるべきと思うくらいには、僕たち兄弟の心は狭いですから」

「奥村くんの心はせんせと違うて海のように、いやいや?宇宙のように広いんと違います?それに俺は坊も子猫さんも狙うてまへんけど」

『僕たち兄弟』というのを前面に推してくる雪男と、やけに燐に拘る志摩に大体のことを察した勝呂と子猫丸が気まずさにそわそわと居住まいを直す。女好きだったはずの幼馴染が知らぬ間に茨の道にヘッドスライディングしていたのを知り、またその相手も知り、したくもない想像をしたからである。ついでに言えばその茨の道にはとんでもないブラコンが仁王立ちしているときた。どう止めたものだろうか、とアイコンタクトをする。


「やだなぁ、奥村くん……いえ、兄さんは幼稚園のときに兄さんの大切にしていたぬいぐるみに僕がジュースを零したことで、3日も口を聞いてくれなかったくらいに心は狭いですよ?」

「それ、奥村せんせが嫌われてるだけとちゃいますか?」

フッと鼻で笑った志摩に、雪男の頬がピクリと引きつる。よく回る口で志摩にダメージを与える言葉を返そうとした瞬間、きゃーっと聞きなれた声の悲鳴が遠く聞こえ、一同は勢いよく部屋を飛び出したのだった。











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