頂物
□これ以上ない愛を
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――四番隊隊舎
「灰李、誕生日おめでとう」
「これは ご丁寧にありがとうございます。
…で、なんの嫌がらせのつもり?」
にっこり、圭介に差し出された大量の書類に肘をついて、灰李は言い放った。
普段、自分の隊舎に来る時に見慣れた黒髪ではなく、栗色の髪を揺らして、四番隊第六席である灰李は書類を溜め息をつく。明らかに不機嫌なことに気付いて、圭介は冷や汗を流しながら原因を探った。
原因その1 緋永が来ない
原因その2 誰も祝ってくれない
原因その3 一番が男って
おそらく二番以外は当たっているだろうと、推測し、一気に焦りが生まれる。そしてこれを考えている途中、同時にこうも思った。
帰りたい、と。
「いや、そういうんじゃなくて、書類は仕事で仕方なく…」
「へえ…今日に限ってこんなにね」
しかも、圭介一人って。
まるで、セルキがいれば緋永も来たんじゃないのかと言わんばかりの悪態をついて、灰李は口を閉じる。その顔はまさしく、拗ねた子供で、緋永が訪ねに来ないことにご立腹といったようだった。
困った、と圭介は何もないのに辺りを見回し、抜け出す術を考える。下手をすれば今日の残り全て、愚痴を聞いて過ごすという仕事にとんでもなく支障をきたす事態に成り得るからだ。
「(それだけは避けたい!)」
ただえさえ三人もいて、仕事をするのは一人という酷な状況に、書類を積み上げられるのは困る。誰か助けてくれ、出来ることなら緋永が望ましい。
なんとも限定された願いを唱え、現実逃避を試みようとした刹那、圭介の背後からガラ、と戸を引く音がした。
「――あれ、圭介?」
「なんで此処にいるんだよ」
救世主――何時もの圭介なら「俺の科白だ! 仕事しろ!」と怒鳴り散らすところだが今日は違う。格好は違うが、緋永と、その後ろに立つセルキの姿を見て、ぐっと拳を握る。
「緋永、遅い」
「遅いって…仕方ないだろ、わたしも十番隊で忙しかったんだ」
灰李の文句を軽く流し、緋永が黒髪に手を掛けた。するり、と黒髪の下から綺麗な深蒼色の髪が零れる。次いで眼鏡を外すと、十番隊隊員である優弥の面影は何処にもなかった。それにつられるように、灰李が栗色の髪を軽く引けば、今度は黒髪が姿を表す。男が女に、女が男に。セルキと圭介はこの光景に見慣れていた。
「今日、書類多かったな」
大して気に留める様子もなく、親しんだ髪色を一瞥すると、緋永とともにいたんであろうセルキが口を開いた。それに反応したのは圭介で、ナイスといったように顔を綻ばせた。
「そうそう。珍しくセルキが手伝ったんだ」
「ちびっこ隊長の為にでしょ」
「緋永の為に、だ」
何の腹いせか、余計なことを口走る灰李を睨む。
緋永は気付いていないようで、頭に疑問符を浮かべて二人を交互に見たあと、何の事だと圭介に視線を送る。
「…あー、えっと……そうそう、灰李になんか用があったんだろ?」
鋭い視線を感じ、圭介は緋永に何か言うこともなく話を逸らす。そうだ、と圭介の言葉に当初の目的を思い出した緋永が、傍らに置いた白い箱を手に取った。
「はい!」
「…オレに?」
「あれだけ不機嫌な顔して、何を今更」
「うるさいよ セルキ」
ずい、と灰李に向かって差し出された白い箱。途中で先程の仕返しと言わんばかりの茶化しが入るが、軽く流して箱を受け取る。
「開けてみろ」
箱を手にした灰李に、緋永がそう言うと、素直に手を動かす。ゆっくりと、まるでドッキリにでも警戒しているように箱の蓋を開ける。
「これ…」
「此処まで持ってくるの、大変だったんだからな」
カラフルなフルーツに、たっぷりと塗られたホイップクリーム。中央にはチョコレートの板に“HAPPY BIRTHDAY 灰李”の文字。箱の中にあったのは、オーソドックスなバースデーケーキ。
箱を持った緋永が、転ばなかったことに安心する。
「…ありがとう」
「聞こえねえ」
「セルキには言ってないよ」
「なんて言ったんだ?」
「秘密」
圭介に見せたものとは違う笑みを浮かべて、灰李が言うと、そうか、と満足そうな顔をして緋永は笑った。それを見て、はい、といって渡された箱を見つめる圭介に言葉を掛ける。
「二人とも、食べたら出て行ってよね」
これ以上ない愛を
(早く帰ってよ)(セルキ、もう帰るのか?)
残った時間は二人でどうぞ。