頂物

□オセロ
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【オセロ】

時刻はすでに正午を回っていた。
紅葉もいいし、栗もいい。時期的にはやはり満月なのだろうが、近頃新しく出たという月うさぎも気になるところ。

「どうするべきかな」

一通り考え抜いた挙句、緋永は傍にいた灰李に声をかけた。
書面とにらめっこをしている最中、素っ頓狂なことを言われたものだから、思わず眉間に皺がよってしまう。いかんいかんと表情を作りなおし、灰李は目の前の大ボケ娘を見据えた。

「何のことだ」
「白哉のところにさ、浮竹から菓子折が届いたらしいんだ。だから昼休みに目ぼしいものを貰いに行こうと思ってな」
「やめろよ。物乞いみたいな真似、みっともないぞ」
「なに甘っちょろいことを言ってるんだ泣きボクロ!」

ドン、と勢いよく緋永は執務室の机を叩く。墨汁が書面に飛び散り、みしりと机が若干悲鳴を上げた。そのことも、泣きボクロと妙なあだ名をつけられ愕然としている灰李のことも気にすることなく、緋永は革命家よろしく握りこぶしで演説を始めている。

「浮竹が選んだ菓子折だぞ?十中八九わたしの好きな店の新作に違いない。それに白哉は甘いものが大の苦手だ、今日は阿散井が現世に行っているし、もしかしたら明日には生ごみになって廃棄されてしまうかもしれない。こんなことがあっていいのか?嘆かわしいぞ飽食文化!だからわたしは喜んで犠牲になろう、瀞霊邸の環境のために!」
「……要は阿散井がいないから分け前が貰えず、それどころか捨てられるんじゃないかと焦っているんだな」
「うん、まあ…そうとも言うんだけどさー」

先ほどの勢いはどこへやら。図星を突かれた緋永は、ポリポリと頬を掻き灰李から視線を外す。
むっとした表情で少しの間黙りこくった後、緋永は「だってたまには息抜きがしたい」とこぼした。

「息抜き…?」

あ、しまった。と緋永が思ったのは、灰李が眉をしかめ、何とも言えない表情をしていることに気がついたあとだった。
目が合い、灰李は黙って書面に視線を戻してしまう。この沈黙はさすがに何とかしなければ、と緋永は額に妙な汗をかきながら弁明を考える。

「ほら、とういちょくみょうと言うだろう?」
「当意即妙だ、言えてないぞ」
「ちょっと噛んだだけだ、灰李だって“ミニ右耳”って三回言ったら絶対噛むぞ」
「ミニ右耳ミニ右耳ミニ右耳」
「なんで言えんのっ」

そうこうしているうちに、中央街のほうから半鐘の音が聞こえてきた。午後の就業を合図する鐘だ。

「ああ…わたしの新作煉り切りが…」

わなわなと震える緋永は、そのまま机に突っ伏した。
このまま不貞寝してしまおうかとも思う。
突っ伏したはいいものの、耳にはトントンと灰李が書類を揃える几帳面な音だけが入ってきて、緋永は、なんだか空しくなった。
ガタリと音をたて、灰李が椅子から立ち上がる。そのまま緋永の机の上に書類の束を置くと、「本日分の業務は終了致しました、帰宅させていただきます」とわざわざ敬語で言い放つ。
ああもう、もやもやした気分だ。気分転換に散歩に行って昼寝してだらだらしよう。帰るならさっさと帰ってしまえ泣きボクロ。
ぎゅっと目をつぶって緋永が口を開こうとした瞬間、頭の上に手を乗せられた。
自分のものより大きなそれは、髪がみだれることもお構いなしに緋永の頭をわしわしと撫でまわしている。

「角の豆腐屋の、裏の店だったな」

ぽかんとしている緋永を尻目に、灰李は「買ってきてやるよ」と告げた。

「ほ、本当にか?」
「一人でうろうろせずに、ちゃんと留守番していたらの話だが」
「する、してる!留守番大好き!ついでに灰李も大好きだ!」

こんどは灰李が豆鉄砲を食らったような顔をする。
泣きボクロから大好きまで生きたまま二階級特進だ。
目の前で紅葉にするか月うさぎにするか、意気揚々としている緋永頭をもう一度撫でまわしながら、灰李はククッと笑った。

「緋永は一人じゃあ何仕出かすか、わかったもんじゃないからな。オレがずっと面倒みてやるよ」

そう言って灰李は上機嫌に「一つずつ買ってくればいいんだろ」と執務室を出て行く。
どうなる事かと思ったが、棚ぼたなら結果オーライだ。緋永はみだれた髪を直しながら、はたと気がつき顔を上げた。

「あれ、わたし灰李に店の話した…か?」


【オセロ】
主導権は白黒、もしくは緋色か灰色


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