交響曲
□エスコート
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「タガーなの?」
暗闇に揺れる尻尾の形ははっきりとそれだとわかるけど、あえて聞く方が素敵でしょ?
そう聞けば汚いドラム缶の上からごろごろと喉を鳴らす音がする。
「あぁ、そうだ。よく見つけたな。」
ガコン、とドラム缶が軋む音が聞こえ、私のすぐ隣にごく軽い着地音。
夜風に泳ぐ豊かな茶の毛並み、彼はラム・タム・タガー。
エスコート
「君か。なら別に逃げる必要もないな。」
さぁ、と綺麗な手を差し出され、ゴミの山にエスコート。
尻尾でさえ彼のように右に左に揺れている。
手の取り方も、歩き方も全てが気取っている、そんな奴。
ゴミの山の頂上に着くと、私に微笑みかけ、それから座らせられた。
私の隣にごろりと寝っ転がって、綺麗な目を閉じる。
「今日は満月の3日前ってとこだ。なかなか綺麗だろ。」
こんなに汚いところでわざわざ満月までの日を数えている猫はいない。
でも彼は他の奴がしそうもないことをするのが好きなのだ。
「そうなの?・・・綺麗。」
もっとも、私にとっては貴方の姿のほうが美しく映るのだけど。
優雅な動きで耳を掻き、くぁ、と大きく欠伸をする。
しばらくその揺れる毛並みを見ていたけれど、どうしても我慢できなくなった。
「何故貴方は誰かを愛さないの?」
その鋭い目が私を見つめ、そしてまた閉じた。
「愛さないわけじゃないさ、見せないだけだ。」
そうしてピンと張った髭を手入れするように撫ぜる。
「俺だって誰かを愛している。でもそれを知られたら自由でいられなくなるだろう?」
月に雲がかかり、少しだけ彼の横顔が暗くなった。
「どういうことなの?」
「自由とは孤独のことだ。一人でいることを自由と呼ぶか孤独と呼ぶかはそれぞれだが、自由でありたいってのはつまるところ孤独を求めてるんだ。」
それから自嘲したように笑って、また顔を出した月に照らされた。
「俺は自由を求めた。それにセットになって付いてきたのが孤独だよ。そいつらは離せない、離したとしたら俺は自由ではなくなる。孤独が嫌で自由を失うとしたなら俺は死んだと同じだ。俺が俺じゃなくなるからな。」
何回も練習された台詞のように筋の通った言葉ばかりが返って来て、妙だと思う。
それは彼の本心なのか、それとも何者かに強要された運命なのか。
寂しげな伏せ目が、後者だと訴えかけているような気がした。
「貴方は寂しくないの?孤独とは寂しいことよ、タガー。」
「束縛よりかは哀しくない。」
「ネガティブに考えるからよ。」
「俺はいつでもポジティブだぜ。ただ現実を見てるだけだ。」
言い返そうとして息を吸うとタガーの手が口を覆った。
「そんなに俺の道を揺らがせないでくれよ。」
寂しげに笑ってから自分の唇に人差し指をあてる。
黙ってて、と囁かれた。
そんなに強く閉じられたわけでもないのに声が出せない。
「誰かを愛すことは、自由を揺らがせる。実際俺は今自由じゃない。なぜなら、」
彼の少し枯れたような声に胸が共鳴したように震えた。
「君を、愛してしまった。」
さっ、と風が吹き、茶色の毛がすぐ鼻先で揺れている。
「俺は、自由を捨てそうになってる。愛は恐ろしい。俺を変えようと躍起になってるからな。」
その目を見つめると、声が詰まって、何もはなせない。
「あまり俺を揺らがせないでくれ。君に傾いてしまいそうになる。」
少しの逡巡の後、彼は立ち上がり、去ろうとした。
「何で貴方は自由にこだわるの?愛せばいいじゃない。」
「自分と相手を壊さないためさ。」
後ろ手に手を振って、ゴミの山から飛び降りる。
すぐに彼は見えなくなった。
(お相手・CATSよりラム・タム・タガー/愛を込めて)