パラレル長編

□君と恋を知った*第10章
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がむしゃらに生き抜いた。それこそ命懸けで。
地位・名誉・お金。
欲しいものはすべて手に入れた。
…だけど
今、思う。
そんなモノが本当に欲しかったのだろうか。
彼女なら本当に欲しかったモノをくれる気がした。
あたたかい…俺がどんなに望んでも手に入らなかった『   』を


【君と恋を知った】
第10章


織姫のマンション前に着いた巧と織姫はバイクを駐輪し、織姫の部屋に向かった。
元々、先日巧の会社が狙われた時に織姫に何かあってはと仕事を減らしていたのもあり、撮影が終わったらすぐ帰る事が出来たのだ。
バイクに乗っている間も降りて隣を歩いている時も織姫は始終無言だった。
気になって巧が視線を向けるが、うつむいたまま足早に進む。
良くわからないが意識してくれているのかもと思うしか巧にはなかった。

「あ、あの…私は夕御飯作りますけど、巧さんはどうします?」

「え?…あ〜…ちょっと調べたい物があるから」

巧はそう言うと、持っていたノートパソコンを織姫に見せた。
織姫は何か安堵したような表情を見せて頷く。

「わかりました。じゃあ飲み物持って来ますね」

「おう、頼む」


****


ノートパソコンを立ち上げ、慣れた手付きでキーボードを鍵盤のように叩く。
自身を襲った組織のパソコンデータ内へ侵入し、行動を把握する為だった。
巧はパソコンウイルスを作ったりするほどのハッカー能力はないが、相手のデータを盗み見たり、元々ある機能を成りすまして使用する事は出来る。
先日襲われた時も、警察のパソコンに侵入し、前科者のモンタージュ写真を当てはめて割り出したのも実はハッキングだった。

「…やっぱり、アレがいるな」

…金もあれっぽっちじゃ全然足らねぇ。
献金を億単位しなきゃ近付く事すら不可能だ。
そういやリーネはいつ帰って来るんだ?

一度開いた回線を足跡を消して閉じる。
その後、リーネの行動を調べる為に航空会社のシステムに入り込んだ。

…明日の夜…か。思った以上に早いな。
まずいな、奴らには死んだ事にした方が好都合だが、会社の運営を考えたらそういう訳にはいかない。
何かいい方法ねぇかなぁ。

天井を見上げてぼんやりと思考の世界に入り彷徨う。ある考えが浮かび、いたずらを思い付いた子供の様に笑うと再びパソコンに向かった。

…よし、それで行こう。
あとは必要な物を買っとくか。

織姫から呼び掛けられるまで巧はずっとパソコンを操作し、脳内では反撃の構成を組み立てて行った。

「巧さん、あの…味見して貰ってもいいですか?」

織姫から呼ばれ、巧は顔をあげると立ち上がりキッチンの方に向かった。
すでに部屋中に香ばしい香りが広がり、おなかが鳴りそうになる。

「なに?」

織姫の隣に立ち、笑みを浮かべて巧は尋ねた。アルミ製トレイの上にあるから揚げに織姫は爪楊枝を刺して巧に勧めた。

「あの…から揚げです。巧さん、いつも美味しいものしか食べてないだろうから心配なんですけど」

織姫の言葉に巧は首を傾げる。

「『カラアゲ』って何?」

「……えっ!?」

「どこの国の料理?」

予想外の巧の問いに織姫は口を開けてポカンとした。織姫の反応で巧は自分がおかしな事を言った事に気付き、恥ずかしそうにうつむいてしまった。

「も…もしかして日本人なら知ってて当たり前の料理…とか?」

「そう…ですね、あ!でもアメリカだったらフライドチキンって名称がありますよ。それならわかります?」

「…あ、フライドチキンっ!名前だけならわかるっ!!」

「た…食べた事ないんですか?」

巧の言い回し的に食べた事はないのだと気付き、さらに織姫は驚いた。
巧は苦笑して頷くと言葉を発する。

「あ…う、うん。そんなに変なのか?」

「そ、そんな事ないですよっ、えっと…じゃあ…食べてみます?無理なら無理って言って下さいね」

「わかった」

巧は息を飲んで爪楊枝を掴んでから揚げを口の中に入れた。
織姫は審判を待つ人間のように少しだけ眉を寄せて巧の反応を伺った。

「…おいしい」

目をキラキラ輝かせて巧はポツリとそう呟いた。
織姫は安堵し、軽く息を吐くと巧に声を掛けようとして止まった。
巧が別のから揚げを食べようと爪楊枝を刺そうとしたのだ。

「巧さんっ!味見はもう終わりですっ、もうご飯になりますからちょっと待ってて下さい」

「もう1個だけ…」

「ダメですっ!今度はつまみ食いになっちゃいますよ。お行儀悪いからダメです」

巧は寂しそうな顔をするとその場にしゃがみこんで織姫を上目遣いで見つめた。

「どうしてもダメ?」

「うっ!…か、可愛くおねだりしてもダメですっ」

「……は?」

織姫の言葉に巧は意味がわからず、ポカンと口を開けて首を傾げた。

ご飯とから揚げにサラダ、後は味噌汁というごく普通の料理がテーブルに並ぶ。
だが、巧は目をキラキラさせて少年の様な笑みを浮かべて手を合わせた。

「えっと…いただきます」

「いただきますっ」

一気に食べるかと思いきや、巧は一口一口味わいながらゆっくり食事をすすめた。
常に一流コックの料理を食べているであろう巧の反応に織姫は疑問に思い、箸を置くと巧に尋ねた。

「あ…あの、巧さん。どうしてそんなに美味しそうに食べるんですか?」

「えっ!?どうしてってすげぇ美味しいし、それに…初めてだからさ、手料理って…」

「…え?」

「生まれてきて一度として手料理って食った事なかったから……俺を産んだ女は俺に食わせる気、最初からなかったし…リーネはお嬢様だしさ。彼女もいた事ねぇし…」

「そう…なんですか?」

不思議そうに尋ねる織姫に巧は力強く頷いた。

「そうだよ!俺、モテた事ねぇもん。まぁ…自信持って言う事じゃねぇけど」

巧はそう言いながら箸でから揚げを摘みながら言葉を続けた。

「叶う事なら、毎日食べたいな。好きな人が作る手料理。もう…一生縁がなさそうだけど」

「…巧さん」

「仕方ないよな、俺はそういう道しか選べなかったんだから」

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