パラレル長編

□君と恋を知った*第5章
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織姫は玄関にある等身大の鏡の前に立って、服装の再チェックをしていた。
何時に待っていればいいのか分からず一護に電話をした時に、なるべく動きやすい格好で来い…という言葉を聞き、私服では珍しくパンツスタイルだった。
唾の長い帽子を深く被り、顔が半分隠れるほどの大きめのサングラスを掛ける。
この世界に入って必須になってしまったスタイルに織姫は少しだけため息をついた。

…本当は髪をアップにしたりしたいんだけどなぁ。

せっかく普段はしない自分なりに気合を入れたメイクもサングラスで顔を隠してしまえば意味はない。プロのスタイリストには到底勝てないが、それでも一護に少しでも綺麗に見て欲しくて1時間以上掛けてメイクをしたのだ。

チャイムが鳴り、織姫は慌てて玄関ホールに繋がるテレビ電話の受話器を取った。画面には一護が映っていて、織姫は胸の高鳴りが益々高まった。

「…い、今向います」

織姫は小さなバッグと大きめのバスケットを手に取り、あまり高くないミュールを履くと部屋を出た。

「お、お待たせしました」

織姫はマンションの前に車を停めて待っていた一護にまっすぐ向うとそう言って頭をぺこりと下げた。

「……あぁ、じゃ…乗れば」

一護は織姫の大きなバスケットに気付き、ドアを開けてやった。

「あ……ありがとうございます」

まさか一護がドアを開けてくれるとは思わず織姫は少し緊張した面持ちで頭を下げると、車に乗り込んだ。

「……それなんだ?」

一護は自分も運転席に乗り込み、バスケットを見ながら織姫に尋ねる。織姫は照れ笑いをしながら、バスケットを掲げた。

「あ…黒崎さんに全部してもらうのは申し訳ないので…せめてお弁当でもと思って…サンドイッチを用意しました」

「………」

「あ……すみません、勝手に。もしかしてお嫌いですか?」

一護は頭を掻いて目をそらした。

「いや……そうじゃねぇけど」

「……どうか…しました?」

「………女からそういうの…作ってもらった事……ねぇから」

見れば一護の耳が僅かに赤くなっていた。織姫は嬉しくなり、思わずバスケットを抱きしめた。

「あ……そうだ、あんたこっちを向けよ」

一護は何かを思い出したかのようにそう言うと、織姫の方を向いた。

「なんですか?」

「目を瞑れ」

一護は間髪入れずにそう言うと、織姫の頬に左手を添えた。

「え?え?」

織姫は心臓が急速に速くなるのを感じて、至近距離にある一護の顔を見つめた。

「早く目を瞑れって言ってんだろ」

「は……はい…」

織姫は訳が分からず目をぎゅっと閉じた。肩にも力が入り、体中の神経が一護の触れている頬に集中しているようだ。

「そのままじっとしてろよ」

一護の声がさらに間近で聞こえて織姫は顔を真っ赤にして固まった。サングラスを外された感覚はわかったが、織姫は緊張しながらも耐えた。

きゅぽん

何かのキャップが外れる音がしたと思ったら、何か先端があるもので顔を突かれているような気がし、織姫はうっすらと目を開けようとした。

「まだ開けんな」

一護から叱責されて、再び織姫は目を閉じた。

「…もういいぜ」

一護はそう言うと織姫から離れ、ハンドルに手を掛けた。

「…っく、まぁいいんじゃねぇの?」

一護の表情にきょとんとして、織姫は首を傾げた。

「…鏡、見てみろよ」

「え?……は、はい」

織姫はバッグから化粧ポーチを出して小さい鏡を取り出し覗き込んでみた。

「ふぇっ!?」

顔にはそばかすのように頬を中心にオレンジ色の点々がたくさん付いていたのだ。

「……それなら別につけなくてもいいだろ?」

一護はそう言って、織姫がしていたサングラスをヒラヒラと見せた。

「帽子も…被るの辞めたら?あんまり似合ってねぇよ」

要は女優の顔に落書きをした訳だが、織姫は一護の気遣いに嬉しくなって笑った。

「じゃあ、髪アップしてもいいですか?」

「勝手にすれば。あ、これ油性ペンだからな。しっかり顔洗えよ」

「えぇっ!?明日仕事なんですよぉ!!」

「……俺はしらねぇ」

「ひどぉい!!」

「ははっ、まぁ頑張って消すんだな」

一護はごく自然に笑っていた。思わず織姫は一護の顔を見つめた。普段は手の届かないくらい遠い男性に見える一護が笑うと少し幼い表情になる。
自分と同じ…年頃の……とても魅力的な…男性に。
心臓が大きく跳ねた。

どうしよう、たつきちゃん。あたし…あたし………。

まだ言葉に当てはめる事が出来ない感情が、徐々に形になりつつある事に織姫は気付き始めていた。
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