捧げ物
□貴方に“アイ”ある看病を
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「お兄ちゃん、本当に大丈夫なの?」
遊子は玄関で黒いパジャマ姿の一護に向かってそう言った。
一護は頷くと、遊子の頭を撫でる。
「あぁ、ずっと楽しみにしてたんだろ?俺はいいから叔母さんの所に遊びに行って来いよ。叔母さんと叔父さんによろしくな」
実は今日は、母真咲の叔母の家に遊びに行く約束を先月からしていたので、家族全員で行くはずだったのだ。紅葉がとても綺麗な山荘を経営しており、なし狩りも堪能出来るという事で毎年一家全員で行くのだが、一護が風邪を引いてしまい、急遽留守番をする事にした。
「ほら、遊子!一兄もああ言ってんだから…遊子が気にしてたら一兄もゆっくり静養出来ないだろっ」
「…そうだけどぉ、やっぱり不安だよぉ夏梨ちゃん」
「大丈夫だって、一兄丈夫だし…それに……」
「それに……?」
遊子が首に傾げてオウム返しで尋ねる。だが、夏梨はにやりと笑うと遊子の肩をポンと叩いた。
「なんでもない、ほらっ髭がうっとおしくなるからさっさと行くよ」
「あ…うん、じゃあお兄ちゃん。美味しいもの買ってくるからね」
「……おう、楽しんで来いよ」
一護は手を振って、玄関のドアを閉めて鍵を掛けた。寒さで肩を強張らせると、腕組みをして自室に戻った。
【貴方に“アイ”ある看病を】
ピンポーン
玄関のチャイムがなったのはそれから3時間後だった。熱のせいで夜はあまり眠れなかった一護は、ようやくうとうととし始めた頃で一護は眉間にシワを寄せて、布団を被った。
……どうせ、セールスだろ?無視だ!!
ピンポンピンポーン
更に玄関のチャイムが鳴り響き、一護はこめかみを引きつらせてベッドから起き上がった。
…マジうるせぇ!!めいっぱい睨んで追い返してやる!!
一護は熱でもうろうとしながらも階段を下りて、玄関のドアを開けた。
「誰だっ!!人様の睡眠を邪魔すんのはっ!?」
ドアを開けてから一護は思わず固まった。
目の前にいたのは、元々大きな目を更に大きくさせて、同じように固まっている元クラスメイトの織姫がいたのだ。
「……え!?…い、井上??」
「あ……ご、ごめんなさい…睡眠の邪魔しちゃって……あの…夏梨ちゃんから…看病のお願いで…その……来たんですけど…」
「………へ?」
一護は間の抜けた声で織姫の言葉を返した。織姫を見れば、大きめのバッグを持参しており、おどおどとしてた。
「あの……あがっても…いいですか?」
「あ……あぁ、わりぃな」
一護は一歩下がって織姫を玄関に招き入れた。さっきまではセールスと勘違いしていて強い姿勢を持っていたので、相手が織姫だとわかったからか、気が抜け…それと同時にいきなり動いた事に対する反動か一護は立ちくらみを起こした。
思わず目の前にいた織姫の肩にしがみついたが、腕に力が入らずそのまま織姫を抱き締めるように一護の腕が織姫の背中に滑っていった。
「くっ黒崎くんっ!!」
織姫は慌てて手に持っていたバッグを手放し、一護を抱き止める。20センチ以上の身長差とかなりの体重の差もあり、織姫は一護もろとも後ろにあわや倒れる所だったが、玄関のドアに背中が当たり、1歩下がるだけに留まった。
「……わ、わりぃ…気ぃ、抜いたら…立ち眩み…が……」
織姫の耳元で一護は掠れる声で謝罪する。一護は熱がある事もあり、熱い息と共に吐き出されるいつもより艶のある言葉に織姫は真っ赤になった。
心臓がドクドクと激しく脈を打つ。
……だめぇ!黒崎くんは大変なんだよ!?静まれ心臓さん!!
「だ……大丈夫だよ。そ、それより…黒崎くん…きついのに起こしちゃってごめんね」
「……いや…俺こそ……せっかくの…休みなのに……」
一護はふらつきながらもゆっくりと体を離して織姫の顔を見た。熱のせいで目を少し潤ませながら、首を傾げる。
「……あれ?…もしかして…井上も風邪なのか?」
「え?……元気だよっ!!な、なんでっ!?」
「………顔が、赤い……気がするんだけど……」
………それはさっき貴方に抱き締められたからですっ!!
なんて思いつつも、ただの仲間である一護にそんな事が言えるはずもなく、織姫は笑って誤魔化した。
「と、とにかくっ黒崎くんは上で寝てて…あたし何か作るから……あ、上に上がれる?」
「ん?……ちょっと…どうかな?」
「よぉし、じゃあ!黒崎くんは私がおぶって行きますぞ」
織姫は腕まくりをして一護の前で背中を見せて『さぁ来い!!』という姿勢を見せるが…当然一護は寄りかかれるはずもなく、ぼんやりと織姫の背中を見つめる。
「……いや、それはいくら何でも無理だろ?」
一護は織姫の肩を抱いて、ぼそりと織姫に聞こえるくらいの声で言った。
「肩…借りるだけでいいから」
「あ……そ、そうですか?」
織姫はまたもや真っ赤になって、自分の肩からぶら下がってる一護の腕を掴んだ。
そして、2人ゆっくりと階段をのぼる。
「ホント、ごめんな…井上」
「……ううん、気にしないで」
一護の謝罪に織姫は柔らかくそう答えた。
一護の部屋のドアを開けて、一護はベッドに倒れるように寝転んだ。
「はぁはぁ…まじ……きつ…」
一護はもぞもぞと布団を被って織姫を見上げた。
「あ、黒崎くん……もしかして…食べるのもきつそう?」
「あ…ちょっとな……けど、薬飲んでねぇし…食うよ。頼んでいいか?」
「うん……ちょっと待っててね」
「台所…適当に使っていいから」
一護の言葉に頷いて織姫は部屋を出てゆっくりとドアを閉めた。
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