☆文章おきば☆
□ボルハチにて
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『成歩堂・・・』
『御剣・・・・』
暗く狭い部屋。
その一角で、ぼくたちは見つめ合っていた。
不意に御剣が視線をそらす。
『なぜ・・・キサマがこのような場所にいる・・・』
御剣がゆうこのような場所とは、この寂れたロシア料理店、ボルハチのことだ。
『さぁね。少なくともお前には関係のないことだと思うけど』
御剣の眉間のしわが深くなる。
『・・・!関係ないだと!貴様、本気で言っているのではないだろうな!』
『もちろん、本気だよ』
『き・・・キサマァ・・・!!!!!』
御剣は昔法廷でしていた様に、すごい目つきでぼくを睨みつけてきた。
けど・・・、ぼくは怯まない。
『帰ってくれないかな。御剣。
ここは、君のような人間が来るべき所じゃない』
『成歩堂・・・キサマ、それでも私に勝利した弁護士か!なぜそんなフヌけた顔をしている!』
ぼくはわざとおどけた様に言った。
『弁護士・・・ね。それはもう、昔の話だよ』
ぼくが瞳を伏せると、御剣は冷静さを取り戻すように、ひとつ大きく息をついた。
『・・・事のあらましは、聞いている。
成歩堂・・・、キサマに何があったのかも、な』
御剣・・・一体誰に聞いたのか。
まぁ、かぎまわらなくてもぼくの捏造事件の事は世間に知れ渡っているだろうから、御剣が知るのにそう時間はかからなかったとは思うけど。
『なら話は早いんじゃないかな。ぼくはもう、昔のぼくじゃない』
『成歩堂・・・!』
ばん!と壁に拳を叩きつけて、みつるぎがこちらをみている。
その瞳は、訴えるような、悲しんでいるような色に見えた。
『だからこそ、キサマが許せんのだ。
バッジを奪われたくらいが何だとゆうのだ。
キサマの・・・キサマが追い求めた真実は、しょせんその程度のものだったとゆう事か!!』
御剣の言葉に、
ついかっとなってぼくは言った。
『・・・!!
・・・お前に、なにがわかるってゆうんだよ・・!!!』
『なんだと・・・?』
『ぼくは、あのバッジと一緒に、たくさんの物を失くしてしまったんだ』
『・・・・』
『成・・・』
ぼくは御剣の言葉を遮って続けた。
『エリート検事サマには、わからないだろうけどね。』
しばらくの沈黙のあと、御剣はふいに口を開いた。
『・・・成歩堂、覚えているか』
『・・・なんだよ』
『キミと私が、法廷で再開した・・・あの時。』
『・・・』
『忘れもしない。あのときの、あのキサマの目。
まっすぐに真実を見つめようとしていた、あの目を・・・』
『・・・ぼくは忘れたね』
『ウソをつくな成歩堂。』
『・・・・』
『私の弁護を担当した時とてそうだった。あの時、キサマはいっていたな。
罪を犯していたかもしれない私を、最後まで信じる。と』
『ならば、なぜ今一度、キミ自身を信じようとしない!』
『・・・・信じるってことは、そんなカンタンなことじゃないんだよ』
御剣は黙った。
『・・・わかったら、もう帰ってくれ。』
どれくらい時間がながれただろう。
不意に御剣が口を開いた。
『・・・・フッ』
御剣が笑った。
ぼくにはその意図がわからず首をかしげた。
『なにが・・・おかしいんだよ。』
『なるほど・・な。呆れたものだ。
かつてこの私にあれほどシブとく立ち向かってきた弁護士とは、思えんな。』
『・・・・』
『キミの言う様に、私の知る成歩堂龍一は、死んだ様だ。』
『・・・・・・』
『だが』
不意に御剣の口調が変わった。
『君は・・・もしや恐れているのではないか。
キミ自身を、信じるコトを。』
痛いトコロをつかれて、ぼくは思わず御剣を見やる。
てっきり、そのままなじられるのかと思った。その時だった。
『キミがキミ自身を信じられないとゆうのなら、これならどうだろうか』
『この私が、キサマを信じる・・・とゆうのは。』
御剣の口から出た思わぬ言葉に、僕は言葉を失ってしまった。
『御剣・・おまえ・・・』
やっとそれだけ言った僕に、さらに御剣は続けた。
『簡単なコトだ。かつてキサマもやっていたコト、だろう?』
御剣のさっきの言葉を思い出した。
僕の弁護士としての初法廷で千尋さんが教えてくれたコト。
そして御剣とのあの事件の事・・・・・・
『顔つきが戻ってきたようだな。成歩堂。』
ぼくははっとなって顔を上げた。
いつのまにか、考えこんでしまっていたみたいだった。
そんなぼくを見て、御剣は言った。
『キサマがまだ真実へと続く道を捨てていないと言うのなら、今からでも遅くはない。
成歩堂、私はキミとともに行こう。
真実は必ず信じるものの前に現れるもの・・・・・
それは他でもない、キミが教えてくれたことだ。成歩堂。』
『御剣・・・本当にいいのか。お前をまきこんじゃうかもしれないんだぞ。』
御剣はいつも法廷でしてみせていたように、ヤレヤレ、と首を左右にふってみせた。
『愚問だな。キミは何も心配する必要はない。
なにせ今のキミには、検事局でもっとも優秀な検事がついているのだから・・・な。』
そう言って、ぼくの小学校からのおささなじみは、すこし目を細めて、安心したみたいに笑った。
もう誰も信じられない、もう誰も頼らない。
あの日以来、そう決めてきたはずだった。
もう自分が信じられるものなんて、この世界にはないんだって・・・・
なのに。
なのにこの親友は、なぜこんなにもぼくのココロに触ってくるんだろう。
それは、もしかしたら過去に、ぼくがコイツにそうしたからかもしれなかった。
彼はただ、借りを返しに来ただけなのかもしれなかった。それでも・・・・
嬉しかったんだ。
御剣。
・・・安心したのはこっちなのに。
勝てないな。やっぱり。
『ありがとう・・・御剣。』
おまえがぼくの親友でいてくれて、
なんだか照れ臭いけど
嬉しいんだ。御剣。
ありがとう。
もしもまだ真実がぼくを待っていてくれるのなら、
ぼくはもう逃げている訳にはいかない・・・!
『御剣、頼みがある。』
真実が眠る、あの場所へ。
『うム。私にできることなら、協力しよう』
この笑顔が少し苦手なおささなじみと一緒に。
☆end☆