☆文章おきば☆

□夕暮れの追憶
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『ねーねー御剣、ベンゴシ…って どうやったらなれるの?』

いつか、君とこんな話をしたのを覚えている。



『たくさん勉強をして、ムズカシイ試験をうけるのだよ。』

あの頃の自分に恐れはなかった。

あったのはただ、未来へと向かう明るい光だけ。


そして、キミと交わした笑顔だけだった。



―追憶 A―





いつもの帰り道。学校がおわり、夕暮れの中を家へと向かう。

なだらかな下り坂。

御剣の隣には、幼い友人の 成歩堂龍一と これまた友人の矢張まさしがいた。


ランドセルは 幼い御剣が身体をゆするたびに キシキシと音をたてている。


ふいに、2、3歩前を歩いていた矢張が 振りむいて言った。


『なぁ、今度の宿題さ―、アレ ほら “将来のユメ”ってやつ。あれどうする?おまえら何書くんだよ』


御剣の後ろを歩いていた成歩堂が 小さい声でつぶやいた。

『夢…、かぁ。あんまり考えたことなかったなぁ。』



『御剣、おまえはどうなんだよ?』
不意に矢張が視線をこちらにむけた。


もちろん、答えは決まっている。


『ベンゴシ。』


『は?ベン…?』

『“ベンゴシ”だ。 ぼくの夢はベンゴシ。ベンゴシになって、たくさんの弱い人を救うのが、ぼくの夢だ。』


『へぇ…。なんだかよくわかんないけど、リッパなんだな お前って。』

矢張が目を丸くして言った。

『御剣、まえから言ってたもんね。“お父さんみたいなベンゴシになる”…って。』


成歩堂は、なぜか自分の事のようにはにかみながら 少し熱っぽい目線を御剣に向けた。


実際将来のことなど、子供である自分にはまだ分からない。


将来、自分がどんな人間になっていて

どんな事を考え、何をして生きているのかなど

子供である自分には、まだ皆目見当がつかなかった。



でも、そんな御剣にもわかっていることがひとつだけあった。

自分は、必ず父のような人間になりたいと思っていること。


弱きを助け、強きを挫く、


父のような、立派な人間になっていること。


それが幼い自分自身との約束だった。



夕日が、三人を照らす。


明日は、一体どんな日になるのだろうか。



そして、その“明日”が ずっと続いたその先の未来で



自身たちは、一体どんな人間になっているのだろうか。


少年は夕日を見つめながらぼんやりと考えていた。


長く伸びた影が、夕焼けのなかに溶け込んで揺れている。
それはまるで未来を暗示するかのように。





『おーい、御剣!』


声をかけられて御剣は、考えこむあまり足が止まっていたことに気がついた。


『どうしたんだよ。おいてっちまうぞ!』


『ああ、すまない。』

御剣は、あわてて友のもとへ走った。




夕日が照らす思い出のなかで、


御剣には、友と交わした笑顔だけが真実だった。


いつかのあの夕焼けの色を、御剣は忘れることはない。



胸の奥底に沈めた筈のあの日を、
御剣は忘れることはない。

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