お試し
□龍之介成り代わり主
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「君の髪は長いな」
俺の青みを帯びた髪に指を通しながら山崎がぽつりと呟いた。
今は冬。凍えそうな寒い外で水仕事をしていたため、手足が悴んでしまった。
俺は火鉢で手足を温め、髪を結っていた紐を外し、髪を首に巻いて暖をとっていたときにやってきた訪問者―――山崎だ。
山崎はおもむろに眉をひそめたと思うと、畳の上に放置していた紐を持ち上げ、俺の後ろに座り俺の髪を勝手に結い上げ始めたのだ。
『そうか? つか、お前の手冷たいんだけど』
山崎を振り見ると、「悪い、先ほど偵察に行ってきたばかりだからな」と謝らせてしまった。
謝らせる気なんてなかったのに。
『俺の髪、癖がついちまって跳ね回ってるだろ?だから山崎の真っ直ぐな髪が羨ましい』
話題を変えるために自分の癖毛の話を持ち出した。
「そうだな、君の髪は持ち主に似て頑固そうだ」
そう言ってから楽しそうに笑う山崎に「どーゆう意味だよ」と不貞腐れたように突っぱねてやってから前を向いてやった。
山崎の手は未だに髪を撫で付けている。いい加減このなんとも言えないゾワゾワした感覚を止めさせたくて『結うなら早いこと結ってくれよ』急かした。
が、こいつは急ごうともせず、それどころか結い始める気配すらなかった。
なんなんだよ・・・たくっと俺がぶつぶつ呟いていると、やっと山崎は手を止めた。
なんだ、やっと結ぶのかと思いきや、こいつときたら「櫛はないのか?君は女性なんだから櫛の一つや二つ、持っているだろ?」どこにあるんだと促されながら俺は『ん』と窓際にある机の一番上の引出しを指差した。
・・・俺が女だってことを知ってるのは山崎、芹沢さん、そして小鈴だけだ。
山崎は髪から手を放すと立ち上がり引出しを開け、櫛を持ってまた同じ場所に腰を下ろした。
『いてっ・・・いててていたっ痛いっつーのや、山崎止めろ!』
山崎の野郎が癖毛の中を無理矢理櫛を進めようとしたせいで、痛みが伴ったので櫛を通すのを止めさせた。
『いってー・・・だから櫛は嫌いなんだよ』
まあ、素はといえば俺が小さいときから濡れた髪を乾かさないで寝ていたせいでもあるのだが、今はどーしても山崎のせいにしたかった。
でもこいつの謝る顔なんて見たくない。
相対な心を持ちながらもいつもひねくれた方が前に出てしまう。
「わ、悪い」
そしてこうやって俺は謝らせてしまう。
『いや、俺の髪質の悪いのがいけないんだ』
早速山崎に謝り返す。ひねくれ者で悪いなと心の中で添えながら。
「いや、無理矢理櫛を通そうとして悪かった」
山崎は櫛を俺に渡してからまた手で髪を弄りだした。
櫛・・・お袋の遺品。
「随分古そうな櫛だが・・・年代物か?」
『ん? さーな詳しくは俺も知らないが、お袋が自分の母親に嫁入り道具の一つとして持たされたって言ってた気がする』
「そ、う・・・だったのか」
またしんみりとしてしまう。
『髪、そろそろ結うなら結ってくれよ』
俺がうんざりしたような声色で促す。
まあ、ほとほとこのなんとも言えないゾワゾワした感覚とおさばらしたかったのだ。
「いや、君の髪は・・・なんというか、もこもこしているから気持ちが良かったんだ。すまない」
・・・唖然。そして微笑。
とうとう本音を吐き出したぞ。
俺は人知れず笑った。
後ろですまなそうな顔をしているであろう山崎を想像して。
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