長編2
□第39話
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スミレちゃんから集合が掛けられ、聖ルドルフ戦のオーダーが発表された。今回のオーダーには、どうやら乾も噛んでいるらしい。
注目は、ダブルス2だ。
元々桃城と海堂は、そんなに仲がよろしくない。練習の時だって、このペアは部内でも三本の指に入る相性の悪さだった。
反発心が先に立って、合わせようという気がこれっぽっちもないし、その上……いや、だからこそ自分のテニスを全く曲げようとしない。
けれど、わたしは知っている。一見、水と油のこの二人がきちんと噛み合った時、どれだけ素晴らしい力が発揮されるかを。
それに、秋以降部の中心となる二人が今のままで許される筈もない。少なくとも、その自覚を促すオーダーである事は間違いない。
スミレちゃんとしては、大石・菊丸ペア、不二、手塚で確実な勝利を。そういう心積もりなんだろう。
え?リョーマ?ああ、リョーマに関しては、不確定要素の部分が否めない。強い事は分かっているから、勝利寄りの不確定要素。
つか、スミレちゃん自身、リョーマの底を計ってる最中なんじゃないのかな。だから、なるべく対戦校の不確定な所にぶつけようとしているように見える。
オーダーが発表されると、乾から注意事項が周知された。
去年から始まった大掛かりな補強に、青学の先輩に勝った事のある『シングルス』の赤澤部長。そして、話はとうとう裕太の事に及んだ。
「不二の弟、裕太君の存在も気になるね。対左の練習を徹底的に積んで、『左殺し』と言われ始めてる」
……こいつ、本当に不思議だな。わたしが裕太に会ったと言った時には、彼の転校先すらあやふやだったくせに、この短時間でそんな情報を何処から仕入れてきたんだ。
「多分、対手塚用だよ。あの新マネージャーが、裏で糸を引いていそうだ」
「マネージャー?」
「例の補強組の一人さ。相当やり手らしいよ。それに加えて、補強組は週二回しか部活に顔を出さず、後はスクールに通っているようだ」
「随分本格的……」
「何ソレ。部活じゃないじゃん」
菊丸が唇を尖らせる。でもそれは言ってみただけで、心中では仕方のない事だと理解はしているらしい。
優秀な人材を引き抜いての補強だとか、学外コーチを招聘しての指導だとか、そんな事はテニスに限らず行われている。
特に生徒数が経営に直結する私学、それも歴史の浅い学校ともなれば、そうやって実績を残す事に目の色を変えている筈だ。そうでなければ存続が危ぶまれる事態となりかねない。何処の私学も生き残りに必死なのだ。
幸いにして青学は歴史があるから、そこまで形振り構わずな事はしてないけど。
「それが学校のカラーなんだ。仕方ないだろう。それから、ルドルフには秋山三中戦で余計なデータを採られている。足元掬われないよう、気を付けろよ」
「どういう意味?」
不二が僅かに首を傾げる。乾は眼鏡のブリッジを押し上げると、全員を見回した。
「マネージャーがやり手だと言っただろう。どうやら秋山三中に、苦手コースなんかの情報を流していたみたいだ」
「えーっ!?そんなのありかよ?」
「ああ、それで……」
観月に対する非難の中、不二が納得したと頷く。その隣で、手塚も大きく頷いていた。
「それで俺達が消えるとは思っていなかっただろうけど、対策と対処のデータを採られたという訳だ。だが、それは逆に言えば、苦手コースの練習をさせてもらったも同然。それが実践で活かされる事を期待してるよ」
ニヤリと笑った乾に、何人かが「鬼だな……」と呟くのが聞こえた。
そしてとうとう波瀾の試合開始。
選手がネットを挟んで整列する。その並び順を見た時、ちょっとした衝撃が青学陣内に走った。
「まさか……赤澤はダブルスなのか?」
乾が、信じられないと呟く。
昨年シングルスで青学の三年に勝っている彼を、わざわざダブルスに起用する理由が分からないと言いたげだ。
乾のデータでは、赤澤はシングルスでこそ生きるプレイヤーとして分析されている模様。その実績を知っているからこそ、尚更ダブルスで、しかも黄金ペアと言われる大石・菊丸を狙ってぶつけてくる意図を測りかねている。
「赤澤のダブルスでの試合経験は、シングルスのそれより遥かに少ない。しかも負け越している。それを、ダブルスで、黄金ペアに……?何か勝算があるんだろうが……それは、一体何だ?」
パラパラとノートを捲りながら、ぶつぶつと呟き続ける乾。だが、去年の試合を見ただけでは、赤澤の癖まで把握出来なかったのか、そこにブレ球の記載は無い。
わたしはブレ球について知っているけど、それをここで話すつもりは、一切無い。知っている事自体が『ズル』だし、何故知っているのか問われたら、上手く誤魔化せないから。
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