長編2
□第38話
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「どうしようかな」
ルドルフ戦開始までの空き時間。皆は個々に偵察に出たりしているが、わたしは荷物番を兼ねて休憩中。
とは言っても、そこは根っからの貧乏性。何もやる事がなくて、逆に落ち着かない。動いていた方が、精神的に楽だ。
ふと裕太を探してみようか等と詮ない事を考えたが、試合直前に対戦校の選手とマネージャーが接触……って、あらぬ誤解を招きそうなので、止めた方がいいと思い直した。特に、裕太側が大迷惑を被りそうで。
だったら会場内を散歩がてら歩いてみようかとも考えたが、今日の会場は広い。地区大会の時とは比べるまでもなく、広いのだ。下手に動き回れば、人の波に呑まれて、案内無しには帰ってこれないだろう事は、想像に難くない。同じ会場内にいる不動峰に未だ遭遇していない事も、『広さ』を裏付ける良い証拠だ。
それに、今日この会場にいるのは、不動峰だけじゃない。山吹や氷帝もいるんだよね。
山吹って事は、千石がいる。過日の事を思い出すと頭が痛くなるので、出来れば彼には会いたくない。放置プレイの恨み言を言われるのは御免だ。(余談ながら、どうやら千石は、桜乃ちゃんや朋香ちゃんが先生を呼びに行っている間に意識を取り戻し、そのまま勝手に帰ったらしい。図らずも、本当に放置プレイとなりました)
そして何より、氷帝。関わり合いになると面倒臭そうな所、No.1。遠目に見てる分には良いけど、あんまりお近付きになりたくない、原作者曰く『コンセプト・ホスト集団』。
それでなくとも最近トラブル引き寄せ体質っぽいのに、自らトラブルの塊に突っ込んでいくとか、それ何の自殺行為?とか思うので、ここは大人しくしておきます。うん。
まあ、それ以前に、『荷物番』だからね。貴重品は持ち歩くように言ってありますが、部員全員の荷物+備品がごろごろしてますからね。盗難は無いに越した事はありません。
しかし……。
ベッタリと座り込み、前方に放り出した脚の脛を摩る。
ボトルを抱えての水飲み場との複数回の往復が、考えているより負担になっていたのか、そこはパンパンに浮腫んでいた。
……にしても、暑いなぁ。
両手で自らの脚にリンパマッサージを施しながら、一人ごちる。頭からタオルを被って、日陰を作って。
わたし自身は運動なんてしてないから、それ程、と言うより全く汗もかいていない。だと言うのに、この暑さ。それだけ今日の気温は高い。その上湿度も高いから、肌にまとわりつく空気が不快で仕方ない。
こんな中で動き回る選手なんか、堪ったもんじゃないだろう。
「あつ……」
触れずとも、頬が熱を持っているのが分かる。
体育座りの体勢で、膝の間に頭を埋め、体を前後に揺らしながら脚を揉む。頭から大判のタオルを掛けてるから、端からは怪しい物体に見えるだろう。
果たして、そう思った奴がいたようだ。
突然タオルが取り払われ、涼しい風が頬を撫でた。
「何やってるんだ、相院!」
ゆっくりと顔を上げれば、正面に仁王立ちした乾。その右手には、先刻までわたしが被っていたタオルがしっかりと握られている。
「あ……乾先輩」
何処か焦ったような乾は、わたしの前にしゃがみこむと、その大きな掌でわたしの頬を覆った。
あ、ちょっとひんやりして、気持ち良いかも。
手を洗った後なのか、水気を含んだ冷たさに、うっとりと目を閉じる。
「気持ち良い……」
「そりゃそうだろう。タオルで日陰を作るのは良いが、被り方を考えろ!あれじゃあ放射される地熱を、全てタオルの下に閉じ込めてるようなもんだろう」
「いや、だって……あの体勢楽だったんだもん。脚、浮腫んでて痛いし……」
「相院……?」
ふう、と息を吐いて、また楽な格好に戻ったわたしに、乾が訝しげに問い掛ける。そして「触るぞ」の声と共に、ヒヤリとした感触が脛を撫で上げた。
「……確かに、かなり浮腫んでるな。それにしては……」
一頻りぶつぶつ呟いた乾は、わたしの首筋や額をペタペタ触ると、思い掛けない事を聞いてきた。
「相院、最後に水分を摂ったのは、いつ?」
水分……?
暑さで働かない頭を懸命に動かし、記憶を遡る。
ドリンクを補充している間は……わたし自身は飲んでない。補充が間に合わないくらいだったし、そんな暇なかった。じゃあその前は、と言うと、裕太の事で頭が一杯で。お手洗いに行く前は、我慢しているところに水分なんて以ての外!……って、あれ?あれれ?いや、まさか。さすがにリョーマの到着前には……って、ああそうだ。心配だったのと、その他諸々重なって、飲み損なってたわ。
って、いや、ちょっと待って。わたし、もしかして家出てからずっと……。
「気付いたか?」
「え、でも、汗かいてない……」
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