長編2

□第38話
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 一縷の望みに縋って言い訳すると、乾は固い声で最期通牒を突き付けた。


「汗をかく程の水分が体内に無いからだ。脱水症状だよ!熱中症になりかけてるんだ!!」


 あー、やっぱり……。
 思い返せば、自宅を出る前にコーヒー飲んだのが最後だったな。うわー、情けない……。
 乾は側にいた部員にテキパキと指示を出すと、備品箱の中から手付かずの冷却シートを取り出す。ベリッと透明シートを剥がし、そのまま力任せにわたしの額に押し付けた。


「うわ、乱暴……」
「言える立場か」
「ですよねー。すんませーん……」


 眼鏡越しにギロリと睨まれ、肩を竦める。何だか今日は、乾に怒られてばかりだ。
 次いで、またもや、ベリッ、パシン、と今度は首筋に冷却ジェルの感触。
 バタバタと誰かが走って来て、すぐ側で立ち止まると、タオルに包まれた何かを乾に渡す。乾はそれを、わたしの脇の下に入れ込んだ。
 この固さは、氷かな?
 額と首筋のジェルシート、そして脇の下に挟んだ氷が、徐々に体内温度を下げていく。
 脱水症状を自覚した途端感じていた気持ち悪さも、体温の下降と同時に、徐々に引いていった。
 その間、乾は大事なデータノートでずっとわたしを扇いでくれていたし、氷を持ってきてくれた誰かにも、タオルを使って扇がせていた。よく見れば、それは林だったりしたのだけれど。


「全く……前にも同じ様な事言った記憶があるんだがな。部員の心配も結構だが、自分の事も少しは気に掛けろ」


 それには返す言葉もない。結果的に、こんな風に手間を掛けさせては、それこそ本末転倒というものだ。
 しゅんと項垂れて、御免なさいと呟けば、乾は一転柔らかい口調になる。


「とは言っても、俺達も相院に甘えている部分は大きいからな。もう少し、お互いに上手く調整出来るようにならないと……という事で、林。後日レギュラー以外はペナルティ。全員に伝達」
「は、はいッ!……ごめんな、相院、気付かなくて。今度から、俺らも気を付けるわ」


 林は申し訳なさそうに謝罪し、そのまま乾の言伝てを通達する為走って行った。その後ろ姿を見送り、ゆっくりと上体を起こす。


「……林が悪い訳じゃないのに。単に自分の不注意ですよ?乾先輩、ペナルティは止めてあげて」
「止めない。確かに相院の自己管理の怠慢の部分は大きい。けれど少なくとも、誰かが相院を手伝っていれば防げた事態ではある。お前ももう少し余裕を持てただろうし、一緒に行動する事で、お前が水分補給してないって気付けた筈なんだ」


 わたしの前に膝を着き、静かな口調で話す乾から、目を逸らす事が出来ない。


「本来自分で用意する物をお前に任せっぱなしにして、その結果がこれだ。少しは周囲を見回す目も養わないとな」


 それは部員だけじゃなく、わたしの事も指しているんだろう。当然のペナルティだと主張する乾に、わたしはこう申し入れる。


「じゃあ、それ、わたしも受けます……」


 すると乾は、至極普通の顔で返してきた。


「当たり前だ。俺は『レギュラー以外は』と言った。それには当然相院も含まれる」


 どうも、誰にも頼らなかった事が、わたしのペナルティ原因らしい。
 だけど。


「相院?何笑ってるんだ。とうとう沸いたか?」


 訝し気に覗き込んでくる乾の視線も、その酷い言葉も、今は気にならない。それくらいに、わたしは嬉しかった。
 いつもなら『部員』と『マネージャー』で区別されてしまうのに、乾はそれをしなかった。乾がマネージャーを別枠で考えなかったのが何となく嬉しい。わたしも部員なんだと認めてもらったようで、改めて嬉しくなった。
 でも、そんな事口が裂けても言わない。言わないけど……抑えきれずに口元が緩んでしまうくらいは許してほしい。
 乾はそんなわたしにおかしな人を見るような目を向けていたけれど、一つ息を吐くと、わたしの頭にポンと手を乗せた。


「相院もいい加減に懲りて、『頼る』って事を覚えよう。な」


 わたしは黙って頷いた。









 結局わたしの熱中症は救護テントに行く程ではなく、暫く氷を抱いている事で落ち着いた。
 いや、良かったよ、全く。下手に大騒ぎにならなくて、良かった良かった。
 尤も、当然の如く手塚を始めとしたレギュラーからは、きついお叱りを受けたのだけど。
 体調管理が出来ず、余計な手間と心配を掛けてしまった。うん、反省。
 まあ、反省だけなら猿でも出来ると言われたのは、この際脇に置いておく。(ところで、これは一体誰に言われたのでしょうか――答:タカさん以外の全員です。トホホ……)


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