灰紫の語り部
□オリオン
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市場からの帰り道。
虫の音が涼やかに響いている。
澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込むと、身体が浄化されていくような気がした。
ちらりと、隣を見やる。
精巧に造られた彫刻のように美しい横顔、黒く艶やかな髪、力強い灰色の瞳。
夜の闇の中でも、その存在だけは、はっきりと見ることができる。
「ネズミ」
呼ぶと、眼だけを動かしてこちらを一瞥した。
「何を見てるんだ?」
ぼくの問いに、ネズミは右手を上げ、空を指差す。
その優美な動きにつられて、空を見上げる。
「オリオン座?」
中心となる三つ並んだ星、そしてそれらを取り囲むように位置する、四つの星。
いや、オリオン座はもっと多くの星を有し、オリオンという人物の姿を模しているらしいが、ぼくはあまり天文学的な知識があるほうではないから、わからない。
「あの三つ並んだ星は、ミンタカ、アルニラム、アルニタク。オリオンの左肩にあたるベラトリックスには、女戦士って意味がある」
「へぇ…星にも詳しいんだね、ネズミは」
「ふふん、あんたより知識の幅は広いんだ」
ネズミが得意げに笑った。
つい見とれてしまうような、美しい笑みだった。
「紫苑、こうして見ると、星座ってのは一つのまとまりに見えるだろう?」
「うん」
「でもな、実際は、あの一つ一つの星は、それぞれ地球からの距離がまちまちなんだ」
「え?じゃあ…」
「そう、地球から見ればオリオンを象っているように見えるが、例えば別の星から角度を変えて見ると、全く何も象っちゃいないんだ」
「そうなんだ…」
「おれたちみたいじゃないか?」
「え?」
ネズミを見る。
先ほどまで浮かべていた笑みが消え、何の感情も表さなくなった。
「あんたは、おれたちが二人で一つみたいに思ってるかもしれないけど、実際は違うってこと」
「え…?」
「一緒に住んで、こうして並んで歩いたりしてるから、一見すると一つの星座かもしれない。けど、角度を変えて見れば、おれたちは決して交わることのない、遠く離れ合った星ってことさ」
ネズミが、冷笑を浮かべた。
ぼくの心が凍りつくほど、冷えた笑みだ。