灰紫の語り部
□夏の空の下で -sideN-
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9月7日。
今日は紫苑の誕生日であり、おれが紫苑と初めて出逢った日でもある。
それなのに、今日は舞台の仕事が入ってしまっている。
おれの腕の中で静かに寝息を立てている紫苑の髪に触れる。
透き通る艶やかな白髪。
おれは、この髪が好きだ。
もう少し触れていたいけれど、そろそろ行かなくてはならない。
仕事の前に、寄る所があるのだ。
紫苑を起こさないように、そっとベッドから降りる。
手袋をはめていると、紫苑が身じろぎした。
「う…ん……ネズミ…」
起こしてしまった。
と、思ったが、紫苑の目は閉ざされていた。
なんだ、寝言か。
ほっとすると同時に、愛しさが溢れた。
もう一度だけ紫苑の髪に触れ、おれは地下室を後にした。
─・─・─・─・─
「そんなもの、作れないよ」
西ブロックのはずれで、高級なパイなどを売っている女が言った。
少し癪だが、おれの好きなミートパイも、この女が作ったものだ。
「作れないじゃ困るんだ。作ってくれ」
女の目を見据え、懇願するような声を出す。
女はわずかに頬を染めた。
「わ、分かったよ。分かったから、そんな目で私を見ないでおくれ」
かかった。
にやついてしまいそうになるのを、寸前で堪えた。
「作ってくれるのか?」
今度は、満面の笑みを作る。
女なんて、容易いものだ。
「作るけど、今から材料を揃えるんじゃあ時間がかかるよ」
「どれくらいかかる?」
「そうだねぇ…少なくとも日暮れ頃になるね」
「分かった。日暮れ頃にもう一度来る」
「値段も跳ね上がるけど、いいのかい?」
「たんまり持ってきてやるさ。そうと決まれば、早く準備に取りかかってくれ」
最後に、女にウインクをプレゼントしてやり、おれは足早に店を出た。
─・─・─・─・─
「はぁ?紫苑を引き止めろだって?」
イヌカシが吠えた。
いちいちうるさい。
「なんで?」
「理由なんかどうでもいい。ただ、おまえは紫苑に適当に仕事を与えて、夜まで帰れないようにしてくれ」
おれは、ポケットから銀貨を取り出し、テーブルに置いた。
イヌカシが目を見張る。
「おまえさん、大丈夫か?そんなことで銀貨2枚って…」
「おれにとっては重要なことなんだ」
「ふうん…まっ、いいけどさ。おれは楽ができるわけだし」
「紫苑が帰りたそうな素振りを見せても、絶対、帰すな。日が沈むまでだ。分かったな」
「はいはい、了解しましたよ」
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