昔日の語り部

□拍手文D
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地下室の扉を開けたまま、ネズミは呆然と立ち尽くしていた。



──なんだこれは?



部屋の様子は、明らかに異常だった。

いくつもの紙の輪が繋がった鎖が至る所からぶら下がり、黒い紙で作った蝙蝠や魔女らしきもの、黄色の紙で作ったかぼちゃらしきものなどが、壁一面に貼りつけられている。

ネズミを出迎えに駆けてきた小ネズミたちの片耳には、小さな黒い三角帽子が乗っかっていた。

「わ、うわあああっ!」

ガタガタ、ドンッ、バサバサ。

本棚の陰から響いた悲鳴と派手な音に、ネズミはびくりと身を縮めた。

小さく息をつき、覗き込む。

「何やってんの、あんた」

「いたた……へ?ネ、ネネネネズミ!!」

本棚から降り注いだ本に半分埋もれてはいるが、白く輝く髪で、誰かはすぐに分かる。

紫苑はネズミを見て慌てふためき、しりもちをついたまま後ずさった。

「き、今日は遅くなるんじゃなかったの!?」

「予定が変わったから帰ってきた。それより、何ふざけてんの」

たった今、紫苑は本棚の上の方に飾りを付けようとしていたようだ。

そしてバランスを崩し、倒れ込んだのだ。

紫苑は気を取り直すように深呼吸し、立ち上がる。

「ハッピーハロウィン、ネズミ!」

ネズミは返事の代わりに、おおげさにため息をついた。

それでも紫苑はめげる様子もない。

自分の頭に三角帽子を乗せ、ネズミにも同じものを差し出した。

「ほら、きみも」

ネズミは腕を組み、全身で拒否の意を表現する。

さすがの紫苑も理解したようで、むりやり押しつけるようなことはしなかった。

「この紙ね、力河さんがくれたんだ」

紫苑が部屋中を見回しながら言った。

「もう使わないから、ってたくさんくれたんだよ」

ネズミは、紙の入手経路については予想済みだった。

問題はそれではない。

「ぼく、ハロウィンって知らなかったんだけど、この前ハロウィンに関する本を見つけて…ほら、これ」

知っている。

この部屋にある本は全て読んだのだから。

しかし問題はそれではない。

「きみを驚かせようと思って、こっそり作ってたんだよ」

手先が器用なのは分かったが、問題はそこではない。

「でも、きみが早く帰ってきたから、まだ準備が「紫苑、ちょっと待て」

たまらずネズミは遮った。

「あれは、一体何だ?」

部屋の中央を指差す。

そこには、子供一人がゆとりを持って入れるほど巨大なかぼちゃが、異様な威圧感を放ちながら存在している。




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