短編・企画・過去拍手

□過去拍手其の七
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月明かりが差し込むだけの、人も寄らないような薄暗い空き地に、一人の青年と一人の少女が立っていた。

上を見れば、吸い込まれていきそうな程の暗闇が、
下を見れば、赤いペンキを溢したように真っ赤な地面が広がっている。

「お嬢さん。何をしているの?」
こんな所で、しかもこんな時間に。
そう付け足して、青年は少女に笑みを向ける。
青年の目は笑っていなかったが、少女は青年に微笑み返した。
だが、微笑んだだけで、少女は何も言わない。

「ねぇ、さっきの見て怖くないの?」
青年は、また少女に問う。
すると今度の質問には、少女は答えた。
さっきと変わらない、微笑んだままの表情で。

「全然。平気」
青年は、何を思っているか分からない――何も思っていないのかもしれない――少女の瞳を見つめ返す。
青年は、この少女の事を、怖いとも、変だとも思わなかった。
少女より二三歳上ぐらいの歳の自分も、同じような人間だからだろうか。

だが青年は、少女が、何を思って、何を見ているんだろうと思った。
確かに瞳は自分を見ているのだが、そこに映っているのは、自分の姿じゃないような気がして。
変に解釈すると、自分の心を見据えているようだ。
誰にも、自分にも見せていない心のどこかを。

そう思うと、鳥肌が立ってきた。
早くここから去りたい。
この少女の目から逃れたい。
でも青年は、血の海から一歩も動かなかった。
少女の目からは逃れられないと思ったのか、それとも、今も尚笑っている少女に、自分が魅入ってしまったのか。

少女と青年は、何十秒も――ひょっとしたら、何分も見つめ合っていた。
すると、辺りが急に暗くなった。
月が雲で隠れたのだろうか。
少女と青年、互いの顔が見えなくなる。

数秒後、雲が晴れて、青年は少女のほうを見る。
だが、そこに少女は居なかった。
あの数秒の間に、気配もなくどこかに去ってしまったのか。
それとも、自分は幽霊や幻を見ていたのか。
「……夢でも、見ていたのかな」

少女が居なくなった事以外、変わらない世界を見渡す。
上を見れば、夜の闇と青白い月。
下を見れば、少し前に自分が切った死体とその人間の血。
前を見れば、さっきまで少女が立っていた場所の芝生が、風に揺れている。

少女はどこへ行ったのか。
何者なのか。
どうしてここにいるのか。
何をしに来たのか。
青年の中で色々な疑問が浮かび上がる。

――あの子は、何を思って、何を見ていたんだろう…?

青年は、考える度に浮かび上がる疑問を、いくら考えても分からない疑問を振り払い、青白く光り輝く月を見上げる。
ただ一つ、もう一度少女に逢えることを祈って。

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