夏目友人帳

□第三話 夏目サイド
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「変わったのは…服装と、髪と瞳の色だけか?
他に変化は…無いみたいだな」
「漆黒の髪に真紅の瞳とは…妖怪というより、悪魔だな」
「先生!」
それはいくらなんでも酷いだろう。
大体、この子は自分の状況もしっかり分かっていないのに。
そう思い、おれはニャンコ先生を睨みつける。

真っ黒の髪と着物。
そこに、紅い瞳と淡い桃色をした桜が、なんとも鮮やかに映えている。
外見が変わったからだろうか?
纏っている雰囲気も、人の時と違うように思える。

「それで、お前の狙いは何だ?友人帳か?夏目の命か?」
ニャンコ先生の言葉に、おれはハッとなった。
そうだ、変身したということは、コイツは妖怪だ。
そう思って彼女を見ると、彼女は小首を傾げていた。

「友人帳…?」
友人帳とは、おれの祖母の遺品。
妖怪の中ではかなり有名な代物だ。
だが、彼女は知らないらしい。

「何だ、お前。友人帳を知らんのか」
「だって、君達と出会ったのはついさっきだし、ココに来たのも、私が妖になったのも、その時だし……」
ニャンコ先生の問いに、彼女は素直に答える。
…そうだよな。
ここに来る前は、人だったんだ。
彼女が知っている筈もない。

…そういえばコイツ、帰る場所はあるのだろうか?
聞いていると、突然ここにテレポート(?)してきたらしいし、そのせいかは分からないが、妖になってしまった。
……彼女は、どうするつもりなんだ?
そう思い、おれは彼女に尋ねる。

「お前…行く当てはあるのか?」
おれが訊くと、彼女は驚いたのか分からないが、固まってしまう。
帰ってきた答えは、おれが予想していたものと同じだった。
「いや、今は妖の姿だし…第一ここがどこかも分からないから……」
「そうか…」

もし帰れたとしても、彼女は妖として暮らす事になる。
人の姿に化ける事は出来ても、いつまで持つか分からない。

…こうやって会ったのも、何かの縁、か。
妖なら塔子さん達に見えないから心配ないだろうし、ニャンコ先生よりも聞き分けが良さそうな子だし。
それに、このまま家から追い出したら、この子は死んでしまうかもしれない。

「もしかして夏目!
こいつをこの家に置く気か!?」
「あぁ、その気だ。
それがどうかしたか、ニャンコ先生?」
「どうかしたか、じゃないわ阿呆!
何故こんなどこの馬の骨とも分からないヤツを…!
食われても知らんからな!」
「だって、帰る場所が無くて困ってるじゃないか。放っておけはしないよ。
…それに、食われそうになったら、先生が助けてくれるんだろ?」

そう言うと、先生は睨みつけてはくるが、それ以上反抗しなくなった。
そしておれは、彼女に向き直る。
「それで…お前はどうするんだ?
勿論、嫌なら強制はしないが」
そう尋ねると、彼女は必死に頭を横に振る。
その光景が少しおかしくて、おれは少し笑ってしまった。

「全然!でも、本当に良いの…?」
「あぁ。塔子さん――この家の人達に迷惑をかけないのなら」
おれがそう言うと彼女は、今度は縦に首を振った。
そして、嬉しそうに顔を綻ばせる。

彼女の笑顔、初めて見た。
今まで不安だったのだろうか?
――綺麗な、笑顔だな。
本当に心から嬉しくて、幸せに笑ってるような。

「そうだ、名前を言ってなかったな。
おれは夏目貴志。こっちが、一応用心棒のニャンコ先生だ」
「一応とは何だ!」
「だって用心棒らしい事、何もしないじゃないか。
――後、おれがこの家でお世話になっている藤原夫妻」
簡潔に自己紹介を終わらせると、彼女も自分の名を名乗ってくれる。

「私は稟。
…よろしくね、夏目」
「こちらこそ、これからよろしくな、稟」
「フン、お人好しめ。
稟と言ったか。変な事をしでかせば食うからな」
ゴンッ!
ニャンコ先生に、拳骨をお見舞いする。

「稟。ニャンコ先生の言った事は、気にしなくて良いからな」
「うん。…ニャンコ先生も、よろしくね?」
稟がそう言うと、ニャンコ先生はそっぽを向いてしまう。
…まぁ、先生も先生なりに、彼女を認めてくれてるのだろう。

また少し、騒々しくなるだろう日々。
だが、不思議と嫌な気はしない。
夕日を浴びて、今も尚幸せそうに微笑む稟を見ていると、おれも自然と顔が綻んだ。
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