デュラララ

□第四話
1ページ/1ページ

「俺がここに来た理由、は――まあ大抵皆同じだろうけど、生に希望を持てないからだよ」
ミネは、ありきたりで、自殺志願者の万人に共通するようなことを述べる。
一度臨也からジュースを渡され、それに礼を言って一口喉を通したあと、彼は再び口を開いた。

「それなのに、わざわざ働いてさ、生きていくなんて面倒なこと、したくないんだよね。
生きていたくないのに、生きるために体を酷使したり気をもんだりするなんて、矛盾してるでしょ?
もちろんそれでも生きていくっていうなら、それは立派な事だと思うよ。
でも怠惰な俺にはとてもじゃないが真似できないなあ」
まあ、そんな感じ、と言って彼は話を終える。

うまく誤魔化したものだ。臨也はそう思い、ミネを見据える。
なぜ生きるのが嫌になったのかなど、具体的な理由は何一つ言っていない。

――まあ、ミネは、俺に見放されたら生きていけないって前に言ってたけど。
金銭面だとか住まいだとかはまだしも、飯を出したり片付けをしたり、自分の世話を焼いてくれる存在がいないと駄目な体たらくだ。
まるで室内に置かれた植物や獲物を取れない肉食獣と同じだな。
…いや、こいつはできない≠じゃなく、しない≠セけか。この怠け者め。依存に特化した寄生木やどりぎめ。

そんなことを考えながらも、臨也は自分に白羽の矢が立つ前に、話題を切り替える。
「でさ、三人とも、死んだ後はどうするのかな?」
不意打ちの質問に、ミネも含め呆気にとられる。

「何か予定でも立ててるの?」
他の二人が尋ねる前に、ミネがそう素で聞き返した。
「いや、生憎僕はあの世は信じていないよ。
君達はあの世って信じてない?」

二人の女が答える。臨也は内心顔をしかめた。
とんだ期待はずれだが、まあ、いい。
こういう時のために、彼を連れてきたのだ。
さあ、彼は何と答えるのだろうか。
口元がにやけるのを抑えながら、臨也はミネに向き直る。

「死後の世界、って言われても…主観と客観でも変わってくるし、ぶっちゃけどんな世界だろうがどうでもいいけど。死ぬのが目的なんだし。
まあそうだな、天国か地獄か、輪廻転生か、無か有かなんてのはそれこそ死んでしまわないと分からないんだし、今この場で話しても無駄なことだと思うよ。
だから、死そのものについて、自己の消失について、述べさせてもらうと――それでも魂が存在するのかなんて俺には分からないが――消えちゃった方が、いいんじゃない?

まあ極論かもしれないけど、たとえあの世≠ェ豪華絢爛、絵に描いたような桃源郷だったとしても、自己が死んでしまったら、死んだ後でさえ、あの世というものがどういうものか分かりようがないだろ?
でも逆に言うと、知覚しているという事は、生きているに等しいんだよ。
その世界がこの世とは別の、死後の世界だとしても、自己を伴って存在しているなら、自分の目で見て、触れられて、感じられるのなら、それはだってほら、今の世界と何も変わらないわけじゃん。生きてるんだよ。死んだ後であっても。

でもさ、俺たちは死にたいんだろ? 
だったらまあ、本当はどんなものか知らないけど、俺は自己の消失を望むね。何もかも、なくなる。第三者の目からしたらさ、死んだ後も体は残るわけだし、燃やされたって灰になるんだけど。
でも、脳死をこの世から死亡したと判断するのと同じでさ、当人はこの世を知覚できない。自己というものが消失しているのだから。
本当の死って、そういうものじゃないの? それが叶うのかはおいといて。
だから死後の世界なんてないよ。自分自身にとってはね。あの世≠ヘあるのかもしれないけど。

俺は死んで幸せになりたいんじゃない。生きたくないんだ。だから自殺するんだろ? 自分で自分を殺すんだろ?
自分が嫌で嫌で、憎くて憎くて仕方がないから自殺を選だんじゃん。
いやもちろん、生きるという選択肢そのものを誰かの手で消去されたのなら、あの世はあった方が嬉しいんだろうけどさ。

三つ子の魂百まで。自己は決まってしまったらリセットするまでそのままなんだよ。一番簡単なのが死≠セ。重度の記憶喪失だとか性格まで一転させるくらいの強いストレスなんて、普通に生活していればまず起こらない。
そんなことはない、努力すれば少しずつでも自己は変えていける、って言う人も中にはいるだろうけどさ。そんな人はまずこんな場所には来ないでしょ。

自分を消すために自殺するんだ。自己が消失すればそれでいい。
まああの世がどうであれ、死んだら多かれ少なかれ自分は変化するだろうから、結局死ねればそれでいいんだけど。
でもやっぱり憎い自分がきれいになくなってしまった方が、あの世なんてない方が嬉しいかなあ」

はは、これじゃあ質問に答えた事にはならないか。
でも確たる証拠もないのに信じているなんて言えない性格でね、悪いね。
そう最後に笑いながらミネが付け加える。

ぽかんとしている三人を一瞥して、ミネはドリンクを啜る。
早く種明かしすればいいのに。そんな目で臨也を見つめながら。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ