夏目友人帳 U

□第二十三話 夏目サイド
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「・・・つばめ」
無事に着物を手に入れたおれは、家に帰り、眠る燕を起こす。
「燕。起きろ燕」
「・・・夏目様・・・?」
目を覚ました燕は体を起こし、おれの方を向く。

「・・・あ、今夜遅くは雨が降ります・・・ん?
どうなさいました?そのお姿」
燕が少々呆気に取られたように言う言葉を無視し、おれは要件だけを述べる。
「燕、谷尾崎さんはいまから、町内会の祭りに参加するらしい。
この浴衣を着ていっておいで」
「え、!この浴衣は・・・・・・」

「悪いけどおれはヘトヘトでついていけない。
そう離れてはいないから、燕だけでも行ってこられるよ。
一晩だけの効力だし、燕は妖力が弱いから人と言葉を交わすのは無理かもしれないけれど」
着物を見て驚く燕にそう前置きをして、
「それでもいいなら、行っておいで」
おれは微笑みながらそう勧めた。

「――夏目様」
「燕、人を嫌いにならないでくれてありがとう」
おれが最後にそう言うと、燕は懸命に言葉を返した。

「優しいものは好きです。
あたたかいものも好きです。
だから人が好きです。
夏目様。ありがとう」
おれを軽く抱きしめながら燕は言う。

「ありがとう、夏目様」
おれを抱きしめる腕を解くと、燕は今度は稟に微笑んだ。
「稟様も、ありがとう」

彼女は着物を羽織ると、窓から地上へ降り立つ。
そしてこちらへ一度大きく手を振り、駆け出した。
「いってきます、お二人とも」
いってきます。



燕と稟と毎日通いつめた木の上に登り、おれは枝の付け根に、ニャンコ先生を挟んだ隣に稟が座る。
枝が折れる気配がないのは、稟が妖で、きっと重力といったものがそれ程ないからだろう。
「――まったく夏目、稟。
お前らにはふりまわされるな」
ニャンコ先生が呆れた様に言う。

「そうかい?」
おれは少しおどけてそう答えて。
稟は先生の言葉にくすりと笑みで返した。

「――先生は、最後まで側にいてくれるんだろ?」
二人は、と言おうとした。
だけど、ニャンコ先生はおれのことを見届けると言っていたから良いけれど、稟は、稟にはもっと別の帰る場所がある筈だ。

「ん?喰っていいってことか?」
「先生もいつか、おれに情が移るかな」
おれはニャンコ先生の言葉にそう返し、先生に顔を向ける。

「お前のほうはどうなんだ」
「――さあ、どうかな・・・・・・」
おれが顔を前へ向けなおすと、
「あ」
おれ達が待っていた人が歩いていた。

「すみません、あの・・・・・・」
おれは谷尾崎さんに声を掛ける。
そして、気になっていたことを問うた。

「女の子?」
「はい・・・この間の町内会の祭りで。
淡い青色の花柄な浴衣の女の子と逢いませんでしたか?」
「青色の・・・」
彼は少し考えるような素振りを見せたあと、思い出したのかはっとおれの方を向く。

「ああ逢ったよ、迷子で言葉が少し不自由な女の子に」
「――そうですか」
おれはその言葉を理解したあと、
「良かった―――――」
そう言って笑った。

「――そうだ。
見てみるかい?」
「え?」
「ちょうど今現像してもらってきたんだ。
その時の写真があるんだ」

そう言って渡された写真を見る。
着物姿の谷尾崎さんの横に、遠慮がちに、それでも本当に幸せそうに微笑む燕が並んで写っていて――。
おれはそれを見ると、一粒の涙がこぼれ落ちた。

――そうだね。
僕も人が好きだよ。

優しいのも、あたたかいのも。
人も獣も。
もののけも皆、魅<ヒ>かれ会う何かを求めて。

懸命に生きる、心が好きだよ。
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