夏目友人帳 U

□第二十二話 夏目サイド
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「よし」
太鼓の音が鳴り響き、妖の往来も激しくなってきた森の中。
「墨に私の血を混ぜたので、これで妖怪達はあなたを人だと気付かない。
布がずれるとばれて喰われてしまいますよ、ご用心を」
垂申はそれをおれの頭にくくりつける。

「飛び入り歓迎、妨害行為もオッケーで、妖力を使わずあの杉の上の浴衣に一番早く触れた者が優勝です」
垂申に言われた所を見ると、確かに淡い青の着物が夜の闇の中で輝いている。

「・・・・・・。なぜこんなふうに手伝って?」
競技の会場へと向かいながら、おれは垂申に問うた。
「面白そうだからですよ、食べてしまうよりね」
そう答えが返ると、丁度大きな太鼓の音が二回辺りに木霊した。
「あ、はじまりますよ。いってらっしゃい」

「――――お前もやっぱり、この村に残るのか?
沈んでしまうのに」
最後に、そう尋ねた。
「何者にでも離れ難いものはあるのさ」

「―――そうか。
ありがとう、垂申」
おれは付き合ってくれた礼を言うと、競技に参加するのであろう様々な妖達の百鬼夜行の中に飛び込んだ。

暫くして、再度太鼓がドオンと大きく鳴った。
その音と同時に、周りの妖達が駆け出す。
恐らく、この音が始まりの合図なのだろう。

次第に妖達は掴み合いの喧嘩をするなど、妨害行為に出た。
遠くからは競技を観戦している妖の応援や野次が飛んでくる。
おれは妖に捕まらないように走っていたのだが――
「!」
誰かの手がおれの頭に掴みかかると、他の何匹かがおれに集ってきた。

ここで行く手を阻まれては、優勝などできないだろう。
それに、面も外れてしまいそうだ。
おれは必死に抵抗するが、妖達大勢を相手に勝てるはずもなかった。
・・・くそ、どうすれば――
「夏目!」

太鼓や喧騒が轟く中におれの名前を呼ばれた気がして、顔をそちらに向ける。
「?・・・稟!?」
どうして、稟が・・・?
おれが一瞬呆けている間に、彼女はおれを掴む妖に攻撃を仕掛ける。
もしかして、助けに来てくれたのだろうか。
だが、それでも妖達は放してくれそうにない。

八方塞がりかと思われた時――
「夏目を――離せ!!」
稟が、そう叫んだ。

「ひっ!?」
「・・・え?」
彼女が叫んだ瞬間、稟の漆黒の髪がより一層黒く、黝<クロ>く、真紅の目が一際赤く、緋く輝いた気がした。
光の反射だろうか。

稟が叫んだことで妖達がおれ達から手を放す。
だが、駆け出した矢先に別の妖達に捕まってしまう。
そんな時――
「蹴散らすぞ夏目!
こい!!」

ニャンコ先生の声が響いてきて、おれは一方の手を先生へ伸ばし、もう一方の手で稟の手を握る。
おれのすぐ横を駆け抜けてきた先生の足を掴み、そのまま背中に稟と乗り上げると、杉の木はすぐ目の前にあった。
急上昇したニャンコ先生が杉の木の頂上付近で止まり、おれはそこに靡く着物を手に取る。
すると喧騒が静寂に変わり、それを太鼓の音が切り裂く。
妖達はまだ物足りなかったのか、それぞれに騒ぎ始めた。
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