夏目友人帳 U

□第二十話 夏目サイド
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「夏目様、ありがとうございました。二葉へと帰ります」
燕は嬉しそうに笑っている。
「夢のようでございました。もう思い残すことはありません」

「そんなに好きならもう村へは帰らなくてもいいんじゃないか?」
おれがそう尋ねると、彼女は「ふふ、」と笑ってから答えた。

「実は一度あの人に取り憑いてやろうかと思った頃もありました。
生意気な人間め、取り憑いてやるって」
けれどいつしか、それは好意へと。
「それに私は、きょうだい達と同じあの地で眠りたいのです」

燕はおれに礼を言う。
「・・・・・・」
おれは一つ溜息を吐いた。
「村がまた水没するまで、いてもいいぞ」
相手の姿を見ることは叶ったようだが、逢いたいと言った願いは叶えられていない気がして。

結局何もしてやれないものだな、見えるだけで。
「・・・・・・」
情が移ったか。

だから嫌なんだ。



それからは毎日、燕を連れて谷尾崎の通勤路の見える丘へ通った。

本当につばめみたいだ。
おれは本を片手に、細い木の枝に座る燕を見てそう思った。
すると、どこからともなく小鳥が燕のもとへやってくる。

「・・・・・・」
自分の周りをチュンチュンと飛び回る小鳥の姿を眺める燕は、楽しそうに、嬉しそうに微笑んでいる。
「あ、あの人だ」
燕の見つめる先には、ここ最近毎日見る人物。

「お――い」
いつものように、燕は彼を呼ぶ。
「お――い」
いつものように、彼は彼女に気づかない。
「お――い」
いつものように、燕は彼の姿が見えなくなるまで手を振っていた。



「夏目様、稟様」
「んー?」
「?」
帰り道、ふと燕が声を掛けてきた。

「明日はお二人も木に登ってみませんか?
空が近くて気持ち良いですよ」
「おれが登ったら、枝が折れて落ちてしまうよ」
稟は妖だから大丈夫だろうが、おれは流石に無理だろう。

「落ちないよう、私が手をひいていましょう。
ならば大丈夫でしょう」
「――そうかな」
「ええ、きっと」



「夏目様、今日はもう休ませて頂きます。
ありがとうございました」
「ああ、おやすみ」
燕は力の弱い妖怪のようで、長くは姿を保てずにどこかの影で眠ることが多くなっていた。
「また明日ね、燕」
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