夏目友人帳 U

□第二十話 主人公サイド
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場所は一転、夏目の家。
「夏目様、ありがとうございました。二葉へと帰ります」
燕はそう言うと、夏目へ額を付けて深くお辞儀する。

「夢のようでございました。もう思い残すことはありません」
「そんなに好きならもう村へは帰らなくてもいいんじゃないか?」
「ふふ、実は一度あの人に取り憑いてやろうかと思った頃もありました。
生意気な人間め、取り憑いてやるって」
けれどいつしか、それは好意へと。
「それに私は、きょうだい達と同じあの地で眠りたいのです」

「夏目様、夏目様。
ありがとうございました」
「・・・・・・」

夏目は燕の礼の言葉を聞くと、溜め息を吐いた。
「村がまた水没するまで、いてもいいぞ」



それからは毎日夏目と、燕を連れて谷尾崎の通勤路の見える丘へ通った。

蝉の鳴く声を聞きながら、夏目は木にもたれ掛かって本を読んでいる。
私はその横で、ただぼーっと周りの風景を眺めている。
燕は木の枝に胡座を掻いて座っていて、私たちの上。
あんな所に座ってよく枝が折れないものだと思うが、妖には質量というものが無いのだろうか。
今度体重計でも拝借してみよう。

そんな事を思っていると、上がちゅんちゅんと騒がしくなってきた。
顔を上げると、小鳥たちに囲まれて幸せそうにする燕の姿。
彼女は兄妹たちと、ああやって仲良く過ごしたかったのだろうか。

「あ、あの人だ」
彼女が突然立ち上がった。
前方には、谷尾崎さん。

「お――い」
燕は手を大きく振って、彼を呼ぶ。
「お――い」
張り上げた声も届かず、彼は歩いていく。
「お――い」
真っ青な空に、燕の声だけが高く高く昇っていった。



「夏目様、稟様」
「んー?」
「?」

「明日はお二人も木に登ってみませんか?
空が近くて気持ち良いですよ」
燕の提案に、夏目は苦笑しながら返す。
「おれが登ったら、枝が折れて落ちてしまうよ」

「落ちないよう、私が手をひいていましょう。
ならば大丈夫でしょう」
「――そうかな」
「ええ、きっと」

木の上、か・・・。
きっと気持ちいいんだろうな。
少し高い場所に居るだけで、景色も音も、何もかも違って見えるのだろう。
もっと広い世界を見渡せるに違いない。

「夏目様、今日はもう休ませて頂きます。
ありがとうございました」
燕はあまり力のない妖怪なので、長くは姿を保てないらしい。
どこかの影で眠って体を休めることが多くなっていた。

「ああ、おやすみ」
「また明日ね、燕」
そう言うと、燕は淡い光に包まれながら姿を消した。
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