□君の為なら、チャリアカーで電車に追いつきます
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駅にある券売機。
その中にある右端の名前も知らない駅の切符。一番遠くて、この券売機の中で一番高い切符が行き着く彼方の場所を俺は知らない。名前すら最近緑間から聞いたぐらいで、存在すら知らなかったような駅だ。
そんな券売機の中で、右端の切符をチラ見して、変わりに俺は一番安い入場券だけ買った。電車には乗らないから当たり前だけど。その入場券をすぐ使うはずなのに馬鹿みたいに大切にして、大事に上着のポケットに仕舞いこんだ。
緑間は、以前から用意していたらしい切符を改札に通した。彼はこんなときでも人事を尽くし、下準備をキチンと行い万全を尽くす。なんてったって緑間真太郎だから。「人事を尽くして天命を待つ」をモットーにし、座右の銘にする彼は完璧に計算された完璧な切符様を改札に通した。
改札に切符を通して、自身も通りすぎようとした緑間は、抱えていた鞄が改札に引っ掛かって困っていた。いつもなら俺が持っているはずの荷物なのだが、今日は彼が「今日は自分で持つ」と言い張り、「最後だから俺が持つ」って俺が言っても頑として譲らなかった。だからなのかなんなのか、先日新しく二人で選んで購入したドデカイ鞄は改札の縁に引っ掛かり彼の行手を阻んでいた。
緑間はちょっと拗ねたような、照れたような、怒ったような、まあ、言うなれば気まずい顔をして俺を睨みつけた。多分「さっさとはずせ下僕」みたいな意味だろう。
気恥ずかしいのかよくわからないが、口も開かないし耳は真っ赤に染まっていた。可愛いからそのままずっと見ていたかったけど、そろそろ罵声が飛んで来そうだったから、何も言わない代わりに微笑んで改札に引っ掛かっていた鞄の紐をスルリと外してあげた。

駅のホームは始発のせいもあって誰もいない。

今日見た人といえば、目の前にいる緑色の髪をしたツンデレ美人眼鏡(さらに言えば天然変人おは朝信者甘党などスペックは腐るほどあるから割愛する)と、改札にいた駅員の冴えなそうなオッちゃんだけだ。
ゆっくりと時間をかけたつもりだったが、それでも時間に余裕があったから二人でベンチに座って、緑間が乗る電車を待った。
日が昇ってすぐだったから、まだ寒くって、緑間がくしゃみを零したから、自販機で彼の好物であるおしるこを買って来てあげる。もちろんあたたかーいだ。「熱いから気をつけろよ」と一声かけて、買ったばかりの汁粉缶を渡す。彼は満足そうにソレを受け取りカシュッと音を立ててプルタブを開ける。緑間は何をしても、どんな時でも可愛いけれど、一番可愛いのはおしるこを飲む時の嬉しそうな顔だと俺は思うのだが、どうだろうか。誰に問うでもなく隣の眼鏡を見ながら頭の中で呟いた。脳内会議では「寝ぼけた顔」や「ラッキーアイテムをなくした時」など他の提案も出されていたが、結局、頭ン中にいる和成君達も「やっぱりおしるこを飲んでる時」に話はまとまり会議は終了した。
そんな脳内会議をしながら、俺は俺で缶コーヒーを仰ぐ。朝早いからどうしても眠気が襲う。睡魔って怖いよな。アイツラ後ろからやって来て枕と布団引き攣れてくるんだもん。勝ち目ないよな。特に体育の後の物理とか歴史の授業。あれは睡眠をしろ、って担任からの思し召しだと信じてる。
くだらない。実にくだらない考えだ。よし、やめよう。なんか虚しくなってきた。現実逃避気味な考え事を中断し、気づかれないように微妙に距離を縮めた。布が擦れた音がした。
ベンチに座ってるなかでも、互いに無言。別にお互いが嫌いで仲が悪いから無視をする為の無言じゃないから構わない。何も言わなくても苦痛にならない相柄だから無言なのだ。だから、ただ静かにお互いの呼吸音と肩に触れ合う布越しの温もりだけを感じていた。

ぼんやりと思い出すのは、今年の元旦の出来事だった。

「地方に勉強に行く」

そう初詣を終えて、キセキの連中とか懐かしの宮地さんたちとストバスを楽しんだ後だった。

「勉強?」

「大学の教授の知人の病院らしい。修行に行くのだよ」

「ぶっは!!修行とかWWW」

真剣な顔をしてそう話してくれた彼は、これが冗談でも、嘘でもなく、本気で言ってるのだと告げていた。

なんでも、大学でお世話になっている教授に「医者になりたい」と話した所(ま、医大生だから医者になりたいのは当たり前だけど)、その教授からのツテで地方にある小さな病院に勉強も兼ねて就職をしないか、と進められたらしい。
地方でも小さくても病院は病院で、しかも気候が違うから罹る病気にも変化があるらしく、彼にとっては思ってもみない話だったのだ。
当然、彼は人事を尽くして了承した。
でも、彼もわかっていた。
地方に行けば俺と会えなくなる、と。キセキの連中や、先輩方、一緒に暮らしていた両親にも会えなくなるのだと。
彼は人事を尽くすから、その話が来た日にキセキやら両親やらには話を付けたらしい。でも、俺にはなかなか言い出せなくって、結局、その日から随分経った元旦になってしまったのだとか。全く、相変わらずツンデレだな。いつもなら「地方に行く」と素っ気なく言い切り、何もなかった様に振る舞うのに。ちょっとでも悩んでくれたのだから、自分は好かれていると自惚れてもいいのだろう。高校から今までずっと側にいたのは誰でもなく俺だから。まあまあ彼の一番になれたかな。

そうして、俺達は前より頻繁に会うようになった。

高校時代には負けるけど、時間を作って沢山遊んだ。

嫌がる緑間を無理矢理連れて、プリクラ撮ったのも記憶に新しい。出来たプリクラをヤツの携帯に無理矢理貼りつけてやったのは、他でもなく俺である。

で、今日を迎えた。

目まぐるしい毎日の中で、どんだけ「俺」をアイツの中に刻み込んだんだろう。お前の一番になれたかな。そんなこと考えて、また、涙が出て、ヤバいと思ったから、すでに空になってるコーヒーを仰いだ。

静まり返っていたホームに、無機質なアナウンスが響いた。

とうとうお別れの時間が来てしまいましたよ、ええ、はい。
立ち上がる緑間。
若干俯きながら俺もベンチから立ち上がる。
隣にいる緑間の目は、凛としていて、力強い目をしていた。
電車が、来る。
電車が止まって、ドアが開いた。
鞄を肩にかけ直し、電車に乗り込む緑間の背中は、あの頃より小さく見えた。
アナウンスが流れて、ベルが鳴り響く。やめてくれ、まだ、まだお前に伝えてない話があったんだ。
無情に鳴るベル。最後を告げる悲しいベル。
一歩踏み出せば、彼がいるのに、その一歩は遠すぎて踏み出せない。あんなに決めた。あんなに考えたのに。いざとなったら何も言えない馬鹿な俺。最後に伝えようって思ったじゃないか。

「大好きだ」って。

「ずっと待ってるから!」って。

それすらも嗚咽と共に喉に絡まって、言葉にしたくても音にならないで涙と共に地面に落ちた。
あーあ、格好悪いな。最悪だ。馬鹿みてー。

「おい、高尾」

俯いて、泣いていた俺に緑間の声が降って来て、その声が耳に入った瞬間、グシャグシャと頭を掻き回された。一生懸命セットした髪もグシャグシャに混ぜられ台なしにされた。何してんのこの人?!

「ちょっ、真ちゃん?!やめて!ハゲちゃう!!高尾君禿になる!!」


「煩いだまれ、勝手にハゲろ」

泣いてる俺に緑間は平然と辛辣な言葉を投げてきた。こいつは本当に唯我独尊だな。

「高尾。よく聞け」

ドアが閉まる1分までの間。

たった1分までの二人の時間。

その短い時間の中で、一歩分の距離を置いてアイツは俺に背中を向けて言った。前より小さいけど、前より頼りがいのある大好きな背中が見えた。

「約束だ。俺は必ずまた此処に帰ってくる。お前は黙って待っていろ」

ドアが閉まった。

ボロボロ涙流して、髪の毛と同じぐらいグシャグシャになった顔で手を振った。

「エース様の仰せのままに!!」

静かなホームに響くように、アイツに届くように、と大きな声で叫んだ。

電車がゆっくり動き出して、急いでホームを出て、チャリアカーに飛び乗った。

ちょっとでもアイツに手を振りたいから、ちょっとでもアイツに見て欲しかったから、全速力でチャリアカーを漕いだ。でも、電車に勝てるわけもないから、ゆっくり離された。それでも漕いで、坂の手前までノンストップで漕ぎ続けた。

下り坂を坂の勢いに任せて疾走した。

見えなくなっていく電車を、坂の終わりで見送った。

「待っていろ」と告げた彼は泣いていた。

背中しか見えなかったけど、わかった。見え見えだった。だって声が泣いてたから。声が震えていたから。

大丈夫。約束だもの。

アイツは此処に戻ってくる。

いつか、何年先かはわからない。

けれど、一回りも二回りも大きくなって、いつもの自身に満ちた顔して「帰って来たぞ下僕」とかドヤ顔で言うんだ。それが俺の愛してるエース様で、俺の光。俺の大好きな緑間真太郎だから。

ぎしり、ぎしりと、軋んだ音を鳴らすチャリアカーを漕いで、賑わいだした街中を走る。




今は、一人だ。

お前がいないから、俺はこの世界に一人だ。

でも、お前は帰ってくるから。何ともない顔をして帰ってくるから。だから、今は先に行っててくれよ。

いつか、

いつの日か、

お前が帰ってくるのを、ひたすら待っているから。


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