□君の為なら、チャリアカーで電車に追いつきます
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俺の居場所が、君であるように、君の居場所が、俺であるように。


【君の為なら、チャリアカーで電車に追いつきます】





某月某日。

人生最後のチャリアカーを漕ぐ日が来た。
高校から使い込んでいたチャリアカーさん。今は古びて錆だらけだった。ありがとうチャリアカーさん。お前の役目は今日でさよならだぜ。実はお前の役目に嫉妬してたけど、まあ、お前がいなきゃ始まらないから我慢してた。だが、そんなお前も今日でさようならだ。安心して近所のガキンチョ共に遊ばれてくれよな。公園に置き去りにしてやるから。
そんなこと考えながら、まだ日が昇っていない暗い中、ペダルに足をかけた。

俺の家から程近いマンション。彼の家だ。
今日、アイツは旅立つ。夢に向かう為に。
約束より20分以上も早く到着したのにも関わらず、彼はマンションの入口に変わらず仁王立ちして待っていた。まるで高校時代にタイムスリップしたみたいに、あの時のまま仁王立ちで俺を待っていた。

隣に置かれたやけに大きな鞄が見えて、つい、泣きそうになってしまったけれど、そんなのみっともないからグッと息を止めて堪えた。



「真ちゃん!」

「…遅いぞバカ尾」



いやいや真ちゃん。俺約束より25分は早く着いたんだぜ?そりゃ高校ン時よりスピードは遅くなったし体力も減っちまったけどこれでも最高速度だしたんだぜ?チャリンコに速度制限あったら確実に違反してる自信あるぐらい速く来たんだぜ?
とかなんとかどうでもいい事を頭の端っこで考えて。でも、決して口には出さない。出したら「交通ルールは守るのだよ」とか天然で的外れでおバカな発言が出て、俺の抑制が聞かなくなるからだ。あ、でも聞きたい。ああ、聞きたい!だって可愛いんだもん!天使なんだもん!ああ可愛い可愛いアホな発言を聞きたいさ!でも我慢だ、我慢だ俺。
俺は膨れっ面してる緑髪の女王様に「ゴメンゴメン」と謝罪を入れると、その手を取った。

一瞬、驚いた表情をしたけど、すぐに照れた表情に変わりプイっと顔を背けられた。くっそ、可愛いな。なんなの?天使なの?あ、天使だったか。

大きな鞄は、自転車のカゴには入らないから、先にリヤカーに乗せる。

ギシリ、とリヤカーが軋んだ。頑張れリヤカー。頑張れチャリアカー。お前はまだ頑張れる。

今はもうテーピングが施されていない彼の手は、昔程ではないが綺麗にケアされている。
前に彼自身が「患者に傷をつけたら大変だ」と言い、人事を尽くしてケアされた大切な指だ。
俺はその綺麗で大切な宝物みたいな指を愛おしむように撫でて、リアカーに誘導し、自転車に跨がった。

道すがら互いに口をつぐんでいた。

別段話すこともないから無言なのは当たり前だけど、強いて言うなら今はまともに喋れる自信がなかったからかもしれない。

人事を尽くして計算された待ち合わせ時間は、それだけでも余裕だったのに、俺らはそれよりも早く出発した。

だから、時間は余裕たっぷりだ。

学生時代何度も使った通学路。

たまに来たお好み焼き屋。

馴染みの骨董屋や、文具店、本屋………。

これらとお別れする緑間の為に、ゆっくり、ゆっくり。不必要にゆっくりと進んだ。

お好み焼き食べたいね、とか。
ここでラッキーアイテム買ったね、とか。
真ちゃん、ここでマンホール落ちたよね、とか。
馬型埴輪とか意味わかんなかったよ、おは朝って視聴者をどうしたいわけ?とかエトセトラ。

通りすぎる思い出達を懐かしみながら、心の中で投げかけた。
声に出してないから、後ろの眼鏡にはわからないだろう。

でも、なんとなく、「そうだな」とか「ああ、ここは品揃えがいいからな」とか「煩いだまれ」とか「おは朝は絶対なのだよ」とか一々律儀に答えてくれてる気がして、クスッと笑った。

アイツの一番近くにいた自信があるから、アイツがどんな反応するか、どんな返答するかなんてお見通しで、小細工もフェイクも「俺の目には同じさ☆」とかドヤ顔で決め込みたい。あー、でもンなこと言ったら「死ね高尾」とか言われそう。真ちゃんが死ぬなら死ぬけど、一人で死にたくはないな。真ちゃん寂しくなっちゃうだろうし。いや、いやいやいや。真ちゃんに死ねとか言われたら死ねる気もする。「仰せのまま!」とか大声で叫びながら首かっ切れる気がする。うん。余裕余裕。でもやっぱり真ちゃんが心配なので頑張って生きる。僕は死にません!!

ゆっくりゆっくりゆっくり。亀なみにのろのろと進むチャリアカーさんだけど、進んでるんだから進む。

休日によく来た河原が見えた。

一面たんぽぽが咲いていて、すっげー綺麗。

えーと、なんだっけ?あの、ほら、あるじゃん。たんぽぽメインにした曲…えー、と?うーんと?

「寂しがりのライオン、吊橋を揺らす♪」

あ、そう、それそれ!

「真ちゃんすっげー、俺もおんなじ事考えてた」

真ちゃんが歌を歌うなんて珍しいし、その歌声を聞いていたいから殊更ゆっくりペダルを漕いだ。いっそのこと押して歩いても良いような気がするが、チャリアカーが俺達の移動手段なので下りないでそのままチャリアカーを漕ぐ。

「たんぽぽが綺麗だったからな」

言いながら緑間は小さな声で歌う。


寂しがりのライオン、吊橋を揺らす
サバンナじゃ皆に嫌われた
橋の向こうで出会ったヤツは、ライオンによく似た姿だった

ちょっと古いJPOP。昔はカラオケでよく歌ったなー、なんて思って。またカラオケ行こうね。とか考えた。

彼の歌を聞いていたいから、一曲終わるまで時間をかけて河原を通り過ぎた。

途中から俺も参戦して、二人で合唱した。

季節は巡り、春が訪れ、谷底まで金色の化粧
一面に咲く、たんぽぽの花、ライオンによく似た姿だった

ジャン♪と、俺が間抜けな終わりにしたせいで緑間は不愉快そうに眉根を寄せた。あーもう!可愛いな!怒っても可愛いとかなんなの?!この天使め!大好き!と、再び頭の中で叫ぶのは仕方がないことだと自分を庇ってみる俺。

河原を越えると、線路沿いに出る。

駅に向かうには、ここのきっつい上り坂を上らないといけない。

さて、こっからが根性の見せ所です。

足に力を入れて、坂の手前から速度を上げて上り坂に挑む。

ぎしり、ぎしりと錆びた音が聞こえた。

くっそ、きっつい。ヤバいきつい。誰だよ坂道なんて作りやがったのは。ちょっと来い。殴ってやるから。そう考えながらも体は一生懸命チャリアカーを漕ぐ。

後ろから「もう少しだ」とか「あと少しだ」とかちょっとだけ楽しそうな声がして、空元気だってわかって、無理矢理笑ってんだってわかったから、ゼーハーしながらも笑って坂を上りきる。

上ってる間も、もちろん、来た道のりも、太陽が昇る前の朝早くだったから人っこ一人いない。

だから、「まるで世界中に二人だけみたいだね」なんて柄にもなくロマンチックな事を考えて。
そしたら、やっぱり後ろの眼鏡も同じこと考えてたらしくって、「世界中に俺たちだけなのだよ」って小さく零した。

やっぱり俺達は運命共同体で二人で一人で以心伝心してるんだなぁ、なーんて馬鹿なこと考えて。


同時に言葉がなくなった。

坂道の終わり。

坂を上りきったその瞬間。

その頂上で迎えてくれた朝焼けがあんまりにも綺麗過ぎて。

瞬間、わかった。

「ああ、最後なんだ」って。

後ろで緑間が「綺麗だな」って言ったのを聞いた。
大好きな心地好い声が、早朝の静まり返った世界の中で、彼の声だけが俺の耳に入った。
緑間がどんな顔して、どんな気持ちで言ったのかはわからない。わかっても半信半疑だ。だって見てないから。見れなかったから。振り向いて、お前のことを振り返ることなんてできなかったから。
だって、だって、仕方がないじゃないか。朝焼けが綺麗過ぎたんだ。綺麗で、美しくて、お前みたいだったから。「綺麗だな」って。「お前みたいだな」って。まるで、凛とコートに立っていた、あの『キセキの緑間真太郎』みたいだったんだ。手が届きそうで、でも絶対に届かない遥か彼方の尊い存在。俺よりも幾億倍も高見に存在する太陽。俺だけの光。でも、その俺だけの俺の光に、「もう会えない」って思ったら自然と涙が出たんだ。
振り向いて、振り返って、触れ合って、「大好き」って、「愛してる」って、「行かないで」って、「一緒にいよう」って、「此処にいて」って、「俺だけを見て」って、「俺の側にいて」って、言いたい言葉が沢山あって、つい、口から溢れて音に変わって飛び出しそうになった。だから、振り返らなかった。涙が視界を歪ませて、決心を揺らがせた。おい、馬鹿、泣くな。泣くんじゃない。あんなに決めた決心も無駄にするのか馬鹿野郎。そう自分にいい聞かせて、グッと堪えて、静かにアイツの呟きに頷いた。

ああ、朝焼けが綺麗だな。


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