Series『現桜』

□The 34th.「掌中之珠(2)」
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先程と打って変わって、酷く冷たい表情の桜華。
その足元には、男が二人倒れていた。
1人は先程、ぶつかった男・・・

「そう言えば、骨折して治ると骨が強くなるって話を知ってる?」

桜華は近くに倒れている男の腕をギリッと踏みにじる。

「ぐぁっ!」

足を離し座り込むと、男の頭に手をかけ持ち上げた。

「ねぇ、やってみてもいい?」

「・・・ゃ、めて、くれ・・・」

「んー聞こえないなぁ。」

「桜華!」

後方の人集りから、よく知っている声が・・・
桜華はゆっくりと立ち上がり振り向く。

「先生・・・」

「さぁ、帰りましょう。」

山南は桜華に近寄ろうとするが、足が止まってしまった。

酷く傷ついて・・・

今にも泣き出しそうな・・・

桜華のそんな表情を見て、山南はそれ以上近づけなかったが・・・
先に動いたのは桜華の方だった。

「退け!」

山南が居る方とは逆の人ごみをかき分け、輪から出ると直様、走り出した。

「桜華!」

山南も慌てて桜華を追う。
どこをどう走ったかわからないが、桜華の背を見失わない様に・・・少しでも近づけるように全力で走る。
暫くして桜華が体力が尽きてきたのか、スピードが落ちてきた。
桜華に追いついたのは、小さな公園だった・・・

「待ってください!」

山南は桜華の腕を掴み、引き留めた。

「離せ!」

どうしていいか分からず、桜華は山南を見ずに叫ぶ。
掴んでいる腕の力とは裏腹に聞こえてきた声は酷く悲しげだった。

「離してもいいのですか?」

思わず顔を上げる桜華。
目に入るのは・・・声以上に苦しげな表情の山南の顔・・・

「本当に・・・離して欲しいのですか?」

桜華は何故、山南がそんな表情をしているか分からなかった。
だが、山南の顔を見た瞬間、桜華は抑えていた感情を溢れさせてしまう。

「だ、だって・・・」

山南は黙って桜華の言葉を待つ。

「せ、先生・・・あの人と・・・
 私なんか・・・まるで子供だし・・・
 それに・・・」

桜華の目から涙が零れる。

「私の事・・・罪の意識から、傍にいるんじゃないかって・・・
 だから・・・触れないのかと・・・私に・・・」

山南は桜華を引き寄せ、片手で頭を固定し唇を合わせた。
突然の出来事に、目を見開き桜華は驚いた。
実は山南自身も内心、驚いている。
いつもの自分であれば、まず口頭で説得するというのに。
桜華の涙を見ていたら体が動いていた。

「せ、せん、せ・・・」

気を取り戻した桜華は、慌てて止めようと山南に声をかけようと口を開くが・・・
そこに山南の舌が入り込んだ。
歯列をなぞられ、奥へと舌を滑り込ます。
そして、初めての深いキスに対し、更に固まる桜華の舌を絡めとる。
桜華が何を言いたいかわかっていたが、山南は止められなかった。

彼女へ思いを伝えたい。

自分が愛しているのは、貴女だけ・・・

自分が求めるのは、貴女だけ・・・

自分の思いを流し込む様に、桜華の口内を犯し続ける。
こわばっていた桜華の体から力が抜け、山南へ体を預けた時点で、やっと山南は唇を離した。

「はぁ・・・誰かに見られたら・・・」

息も絶え絶えに桜華は山南を咎めるが・・・

「構いません。
 それで、貴女が信じてくれるなら。」

「先生・・・」

「貴女だけです。
 私には貴女しか居ない。」

「でも・・・」

「確かに貴女の言う通り、私の中には贖罪の気持ちがあります。
 ですが、それもこれも貴女を愛しているから。
 愛する貴女を苦しめてしまった・・・
 だからこそ、罪の意識から逃れられないのです。」

「じゃ、私は先生の傍に居ない方が・・・」

「それが貴女の望みならば・・・」

「先生、私が聞きたいのは、先生自身の気持ちです。
 私が傍に居て、先生は苦しくないですか?辛くないですか?」

「・・・」

「お願い、答えて。」

山南は大きく呼吸をする。

「苦しくないといえば嘘にになるかもしれません。
 でも、それは私自身が幸せを感じてしまうから。」

「どういう・・・こと?」

「貴女の事を思うと、私に幸せになる資格は無いと思ってしまう気持ちがあります。
 私が幸せになるより、貴女を幸せにしたい・・・それが私の願い。
 けれど貴女はこんな私にも幸せを分けてくれる・・・
 それで貴女が無理しているのではないか、辛い思いをしているのではないか・・・
 そう思ってしまうのです。」

「先生、それは違う。」

「桜華・・・」

「私は先生が嬉しいと嬉しい、辛いと・・・辛いです。
 先生にも笑ってほしい、幸せになって欲しい。
 二人で幸せにならないと意味は無いんです。」

「すいません。
 私は肝心な所で、いつも貴女の気持ちを読み違える・・・」

「そういう時はやり直せばいいんですよ。」

桜華が優しく微笑む。

「ごめんなさいって言って、やり直せばいいんです。」

その言葉に対し驚いたような表情で一瞬、目を見開くが、直ぐに山南も微笑み返す。

「桜華、ありがとうございます。」

「で、先生・・・私は傍に居ていいんですよね?」

「えぇ、居て下さい。
 お願いします・・・」

そう言って山南は桜華を深く抱き込む。

「よかった。」

安心した様に吐息を吐き、山南へ体を預ける。
一瞬でも失うかもしれないと思った、この重みに山南は安堵した。
それから気持ちが落ち着いてきたら・・・先程、桜華が言った言葉を思い出す。
どうすべきか躊躇したが・・・山南は決心をする。
山南は桜華の肩に顔を埋めると耳元で・・・

「桜華・・・」

耳に山南の息がかかり、桜華はビクリと体を震わす。

「一つ、宜しいですか・・・?」

「は、はい・・・」

山南の少し掠れた声が直接耳に入り、桜華は顔を真っ赤にさせながら返事をした。

「何度、貴女に何ど触れたいと・・・
 幾度、抱きたいと思ったか、わかりません。」

「せ、先生!
 何を、と、突然?!」

「先程、貴女が言っていたではないですか。」

「あ、あれはですね。」

「ん?」

腕の中で桜華が熱を持つのを感じられる。

「あ・・・その・・・え・・と・・・」

「貴女を抱かなかったのは・・・
 まだ、学生だから・・・せめて卒業までと思っていました。」

「いや、そ、そんな!あの!
 決して、そういう意味では!」

「いいですか?」

山南の囁くような声の言葉に、桜華の体から熱が溢れる様に耳まで赤く染めつつ・・・小さく頷いた。


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