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□白雪姫の国
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街は一歩入ってわかるほど、「リンゴ推し」だった。
街のいたるところに置かれているリンゴの銅像。飾り。絵。
店先ではふくよかな女性がリンゴを片手に威勢のいい声を発している。その傍らには山とつまれたリンゴたち。
カラコの興味をひかないわけがなかった。ふらふらと店に近づいていく。もはや慣れたもので、クロもその後にきっちりついていった。
「おや! かわいいお嬢ちゃんに僕、リンゴはどうだい?」
案の定、狙いを定めた売り子の女性に話しかけられる。リンゴを手渡され、カラコは素直に受け取った。じっと赤い果実を見つめた後で、女性に目を向ける。
「あの、私の弟を知りませんか? どこにいるのかわからないんです」
「んー」
女性はしばらく考え込んだ。
「いや、知らないねえ。ここ数日、お嬢ちゃんに似た子はおろか、この街の人以外は見てないよ」
「そうですか……」
カラコが悲しそうに目を伏せる。いい加減、弟を探すのに疲れてきたのかもしれない。いつもあとちょっとのところで弟は先を行ってしまう。
そんな様子を見て、女性はカラコの背にそっと手をやった。
「すまないね。おわびと言っちゃあなんだけど、そのリンゴはあげるよ。おいしいから、食べてごらん。それで元気をお出し」
「ありがとうございます」
カラコがそっと微笑んだ。
「ところで、旅人なんかの情報に詳しい奴は知らないか?」
ちょうど良いタイミングでクロが尋ねた。
「そうだねえ、やっぱり王さまじゃないかい? 旅人はみんな王さまに挨拶していくものさ」
果たして本当にそうだろうか、と思わずにはいられなかったが、わらにもすがる思いで城へ向かうことにした。
歩いている最中、カラコはじっとリンゴを見つめていた。そのカラコを、クロはじっと見つめていた。
「食べないほうがいいと思うぞ」
そうクロが言えば、はっと顔をあげる。
「なぜですか?」
「あー、なんだ、あまりうまくないしな、うん」
カラコは確かめるようにりんごを眺めだした。
「でも、食べてみたいんです」
「まずいぞ」
クロがここまで反対するのに、特に理由はなかった。ただの直感だ。リンゴは人間にとって、さらに言うならカラコにとって、毒に決まっている。
ただ問題は、そういったクロの心情をカラコがさっぱり理解していないことだった。
「クロさんは食べたことがあるんですね……ずるいです」
「はっ?」
「こういうのは自分で食べてみないとわからないと思うんです」
クロは久々にため息をついた。こんな時に頑固さを発揮するとは。
「お前が食べるようなものじゃない」
「クロさんは食べるのに」
「俺とお前じゃ全然違うだろ」
「違いますか?」
クロは深くうなずいた。
「そもそも住む世界が違うんだ、俺たちは」
「そうですか……」
諦めたかのように見えたカラコだが、次の瞬間、大きく口を開けてリンゴにかじりついた。
「おっ、お前! 何やってんだよ!」
返答はない。ただ目をぱちぱちさせている。
その後もしばらくカラコは何も話さなかったので、さすがに不安になってきた。顔をのぞきこむ。
やっと返ってきたのは、満面の笑みだった。
「どうしたんですか、クロさん」
「いや……なんで食べたんだよ」
その言葉に、カラコは少し唇をとがらせた。
「だって、これを食べればクロさんと同じ世界に住めるってことですよね?」
同じになりました? とわくわくした顔で尋ねてくるので、クロはなんだか脱力してしまった。
「もう、好きにしろよ……」
「はい! では、お城を目指しましょう!」
カラコの目は、太陽の光を受けてきらきらと輝いていた。