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□紅い海のほとり
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しばらくカラコがそうしていると、後ろの壁がゆっくりと動き出した。それは劇場の幕を上げるくらい音もなく動き、人1人ぶんの大きさまで広がると動きを止めた。
その端から、一匹の大きなヘビが這い出て来た。それは真っすぐカラコの元へ向かい、頭を上げ、口を開いた。
「やあ、こんなところで何をしているんだ?」
「クロさんを待っています」
ヘビは露骨に興味をそそられたという顔をしてカラコに近づいた。
「へえ、でもここは雨が降っているし、どうかな? 中に入らないか?」
「中ですか? でもクロさんが……」
しゅるりと舌を出したヘビが、カラコに巻きつくように動き出した。
「クロっていうのは、『なんでもないもの』のことだろう? 中にいるのは、そいつの母上だぜ。母上が、あんたを中に招待したいんだってよ」
「クロさんのお母様ですか」
カラコはしばらく考え込んだ。ここが危険と言ったのはクロだ。しかし中にはクロの母がいるという。
「からっぽ」の少女にとって、クロは良いものだった。信頼できるものだった。すなわち彼の母親もまた、信頼できるものだろうとカラコは判断した。ヘビの後に続いて、壁の中へ入っていく。
壁の中は、意外にも普通の村だった。ただし人影は一切見えない。カラコが村の様子をよく見ようとすると、ヘビが目の前に立ちはだかった。
「こっちだ。まっすぐついて来いよ」
「は、はい」
ヘビの強い目に見つめられて、委縮してしまった。ヘビを追いながらとぼとぼ歩く。ばれないようこっそり村を見わたしたが、クロの姿は見えなかった。