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□人魚姫の国
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そこは海沿いの国ということもあってか、開放的な雰囲気が漂っていた。活気のある通りを、時折塩分を含んだ風が撫でていく。
2人は潮のせいか変色したアーチをくぐって、国に入って行った。
そのとたん、国の空気は一変した。
カラコは「からっぽ」だから気づかないが、敵意を向けられることに慣れているクロは敏感にそれを感じ取った。
「おい、カラコ――」
注意を呼びかけようとした瞬間、何かが飛んできた。クロはとっさにカラコをかばうように前へ出る。
飛んできたのは、トマトだった。その赤い野菜はクロのこめかみ上に当たり、不吉な音を立てて崩れた。滴り落ちる液体が血のようだ。
「クロさん!」
カラコがクロの服を握る。心配するなとでも言うように、クロは振り返って片手を軽くあげた。
しかし攻撃はそれだけに収まらなかった。
次々と飛んでくる野菜やゴミ。中には小石も混じっていた。クロは片手で頭を守りつつ、空いたほうの手でカラコをかばっていた。
そのうち、小石の1つがクロの頭にぶつかった。本物の血がクロの額をつたっていく。
「く、クロさん、ケガを……」
「大丈夫だから、体を小さくしてろ」
目に入りそうだった血をぬぐい、クロは再び飛んでくるものに耐えた。だが攻撃は止みそうにもない。
初めは物影に隠れて物を投げていた住人たちも、反撃しようとしない2人に気を大きくしたのだろうか。じりじりと2人に近づいてきた。あっという間に人だかりができる。
クロは頭以外にも小石を当てられ、あちこちを負傷していた。
「おい、なんなんだよ! これがこの国の歓迎方法なのか?」
大声を出せば、人の輪が僅かに2人から遠ざかった。
「お前は、悪いモノなんだろう、この悪魔!」
言葉とともに小石が投げつけられる。
「いくら人間に化けようったって、お前に騙される人はこの国にはいない。出ていけ!」
クロは何も言い返せなかった。もっと自分が用心すべきだったのだ。自分の故郷に近づくということは、それだけ自分が何モノなのか知る人間が多いということだ。
ぱたり、と頭をかばっていた手を下げたクロを、カラコが見上げた。
今までカラコと旅していて忘れていたが、本来こういう態度が然るべき反応だ。受け入れられることなど、決して考えてはいけないことだった。
いっそのこと、クマかなんかに姿を変えて驚かせてやろうか。いやしかしカラコの前で姿を変えたら、こいつは何と思うだろう? 気味悪がるだろうか、嫌悪するだろうか。
そうなったら自分は耐えられない気がした。
再び頭に小石が当たった。痛いとは思わなかった。