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□はなさかじいさんの村
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村の半ばまで歩いたが、弟のことを知っている人には出会えなかった。
2人は休憩も兼ねて、道の端で座りこんだ。
「弟がこの村に来たかどうかすら定かじゃないんだ。あまり落ち込むなよ」
「はい」
うなずいたものの、カラコの顔にはやはり落胆の色が浮かんでいた。
クロはうろうろとカラコの前を行ったり来たり、道を見わたしてみたりと落ちつかなかった。
すると少年がクロの目に映った。やや遠くに立っているその少年は、何か決意したような顔で走り出した。
見るからに、こちらへ向かっている。
そのままなりゆきを見守っていると、少年はどんどんクロに近づいてきて、ついには1、2歩手前まで来た。
少年は大きく手を広げ、クロを抱え上げる。
突然のことにクロは抵抗する間もなかった。
カラコが立ちあがってクロの名前を呼んでいたが、クロはどうすることもできなかった。
なんだ、これは?
クロの頭は疑問でいっぱいだった。しかしこのまま連れ去られるわけにもいかない。こうしている間にもカラコがどんどん遠くなっていく。
カラコも必死で追いかけてはいるのだろうが、いかんせん足が遅かった。
そこでクロは大きく口を開け、少年の肩にかみつこうとした。
直前で気づいた少年が悲鳴をあげてクロを放り出す。空中でなんとか体をひねり、地面に衝突することは避けられた。
少年はあまりに驚いたのだろうか、腰を抜かしてへたりこんでいた。
そうしているとやっとカラコが追いついた。息を切らしている。
「誘拐は、いけませんよ」
カラコの言葉に、少年は眉を下げた。
「姉ちゃん、頼むよ。このワンコ、話せるんだろ?」
少年の後ろで、クロは首を横に振った。カラコに向かって、「話せることをバラすな」と合図を送ったのである。
カラコもそれには気づいたが、「からっぽ」ゆえに嘘をつくことができない。黙っているしかなかった。
「なあ、姉ちゃん。なんで何も言わないんだよ」
それでもカラコは口を開かなかった。全てはクロの指示を守るためである。
しびれを切らした少年は、カラコの両腕をぐっとつかんだ。
「お願い! 売り飛ばそうなんて考えてないんだ。ただ、おじいさんを元気にするのを手伝ってほしいだけなんだよ!」
「おじいさんを?」
少年はこくりとうなずいた。
クロが警戒を呼びかけようと一声鳴いた。しかしカラコはクロの隣へしゃがむと、「お話を聞くだけです」と耳打ちした。
「おれ、あそこの家の息子なんだ」
そう言って少年が指したのは、素朴に建っている一軒家だった。隣の家は朽ち果て、捨て置かれているような状況だ。
「おれは貰われ子なんだけど、おじいさんもおばあさんも本当に可愛がってくれてさ。でもおじいさん、最近体調が良くなくて……」
少年は悲しそうに目を伏せた。
一方でクロは、カラコがだんだんと同情の念を募らせているのを感じ取っていた。これはまずいことになりそうだ。しかしどこかで諦めている自分もいる。
「おじいさんは昔、ワンコを飼っていたんだ。そりゃもう我が子同然に可愛がっていたって。それで近頃は、そのワンコの元へ行くんだとばかり言ってて。おれ、おじいさんにはもっと長生きしてほしいよ。元気になってほしいんだよ」
だからお願い、と手を合わせられても、カラコにはさっぱりだ。
「それで、何をお手伝いすればいいのでしょう?」
「手伝ってくれるんだね!?」
少年が目をきらきらさせながら言ってくるものだから、カラコはうっかりうなずいてしまった。
「簡単だよ。おれがおじいさん役で、このワンコにおじいさんの飼っていたワンコ役をやってほしいんだ。それで昔を思い出して元気になってもらえればなって。話せるワンコなら、演技くらいどうってことないだろ?」
カラコはすっかりその気だった。
「おい、おいカラコ!」
クロが横で服のすそを引っぱるが、もちろん聞いていない。
むしろ食いついたのは少年のほうだった。
「やっぱり! やっぱり話せるんじゃないか!」
「げっ」
しまった。しかしもう後の祭りだ。少年はがぜん元気づいて、クロを説得にかかる。
「なあ頼むよ。人助けだと思ってさ」
「お前な、俺たちにだって都合があるんだから」
「クロさん、弟のことなら大丈夫です! 助けてあげましょう」
なぜかカラコも説得に加わる。2対1じゃ、クロに勝ち目などなかった。
そもそもこの旅が始まって以来、カラコの意見には逆らえた試しがない。
「カラコ、弟が見つからなくっても知らないぞ」
せめてもの抵抗としてそう言ってみたが、カラコには通用しなかった。
「大丈夫です。弟なら、きっと助けてあげてと言うはずですから」