二次創作小説・・・ぽいものへの挑戦

□月が遠のく土曜日までに
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「白い駒の、先手が有利。
 後手は黒い駒を使う訳だけど。

 こっちはどうしても不利だから、
 後手になった時は引き分けを狙うこと。

 それがチェスのコツ」


「うん、それおつきちゃんにも言われた」




どうして師匠・・・洋一が長男の部屋で次男である兄と、
顔をつき合わせ、チェスなんてしているんだろう。




あまりのタイミングの悪さと気まずさに立ち尽くしたまま、
努力は無言で勝利マンに目で問いかけた。













『月が遠のく土曜日までに』













友情マンはどうやら、洋一にチェスを教えている立場のようだ。

どんな話の流れでそうなったのかは知らないが、
洋一は友情マン相手に真剣そのもので聞いている。



「おつきマンにまるで勝てなくて悔しいんだとよ」


競馬新聞になにやら書き込みながら、勝利マンは言う。



「と、なると彼が適任だろう?」


部屋の空気にすっかり溶け込み、ソファーの上で
地球滞在時の姿のまま本を読む天才からの声。

二人の言葉に、努力はやっとこのおかしな状況を理解した。



「今度こそ良いとこまで追いつめてみせる!
 途中わざと手加減されてたなんて・・・!」


見れば、友情マンと対戦している少年が
いつに無いやる気でチェス盤を睨みつけている。



「その上、最後の最後にあっさり逆転して笑うんだよ?!
  「今回は少し上達されましたね」、って!

 次こそは・・・勝って驚かせたいんだ!」


白いナイトの駒を指先に持ち、悔しげに唸る洋一に



「大宇宙神星に何しに行くの、君は」


と、友情マンは困ったように言う。





努力と洋一、二人は同室にいるにも関わらず
先ほどから一度も、言葉も、視線さえも交わさない。




穏やかに見えて、針のむしろでしかない空間に耐えられず
努力は洋一に背を向け歩き出した。


そんな、無言のまま公園に帰ろうとする
彼の首根っこを掴まえたのは、
競馬新聞を片手に丸めた無言の勝利マンだった。





「お前の事探りに・・・ってか、聞きに通って来てるぞ。
 さりげなく聞いてるつもりなんだろうが、バレバレだ」



努力を皆から離れたキッチンに放り込むなり、
勝利マンは前置きもなく言う。



「避けてるのか?洋一と目立の事を」



顎で洋一のいる部屋の方を指す兄に、
努力は燃える瞳を持つはずの目尻を潤ませた。





____洋一と目立の雰囲気が変わった_____






そう感じ始めたのは、何時からだっただろう。



努力がポツリポツリと話しだすと、勝利マンは流し台に軽く腰を掛けた。



洋一への想いが普通の師弟愛の域を越えてしまっていると
この弟が自覚してから、もう幾度目の冬が来たのか。


ひたすら隠し通して来たらしい想いも、
兄二人と天才の目には、ただ分かりやすい恋でしか無い。



「兄さん達が気づくものを、こんなにも側にいる師匠が
 気がつかない、と言う事が・・・あるでしょうか?

 気づかないふりを、距離を置かれているのだとしたら、それはやはり・・・」



勝利マンにため息をつかれ、ようやく
努力は自分が静かに涙をこぼしている事に気がついた。
柔道着の袖で乱暴に拭う。




・・・寂しくて、たまらないのだ。




尊敬してきた師匠が。
自分の気持ちに気づいてもくれない、洋一がもし
「目立の側が良い」と。


そんな想いを隠していたとしたなら、
自分はどうするべきなのだろう。



努力は洋一と、目立の姿を脳裏に浮かべた。



「・・・師匠のあんな顔を見なければ良かったんです。
 それに、もし知っても、相手が「あいつ」で無ければ・・・。

 私は今と違う想いで、兄さんの前にいたはずなのに」



丸めた新聞で肩を叩いている勝利マンに呟く。



無意識に目を向ければいつも目立がいた。


目立の好きな女性も、自分の想う師匠も
同じく、遠く地球から離れた星にいる。


それでいて平然と、時には明るくネタにまでして
振る舞える目立が、一時期の努力には不思議で仕方無く、


そして恋にめげない姿が誰かに似ている、と思った日の事を。



力も無いくせに、変な所で気が利いて。

出会った頃は呆れながら。
互いに気心が知れてからは大事な仲間であり喧嘩友達。
・・・そう見ていただけのはずなのに、目が離せなくなった奴。


洋一がいない時、決まって心の隙間を埋めてくれたのは
兄達。そして。


洋一に見せたくない、気づかれたくない姿を晒さぬ為の
最後の砦を支え保ってくれていたのが、
・・・他でもない、目立だったと。



「洋一と目立の奴が、お前にしねぇ様な顔で
 笑い合ってたって・・・そんだけかよ」



話を黙って聞いていた兄の心底呆れた声が胸に痛い。




そう。ただそれだけの事なのに、だ。




あの日から自分の心は、どこか壊れてしまっている。




自分だけが知っていたはずの喜びを、穏やかな想いを。




なぜよりによって、
師匠に荒らされなければならないのだろう。





洋一が目立を必要としていると言うのなら。
・・・それが、自分への師弟感情、友愛以上ならば。


知ってしまった以上、身を引くべきだ。

何故なら、自分は弟子なのだから。



目立も洋一も、今は顔を見たくない。




かつて兄達に向けていた憎しみともどこか違う、
それは信じられない感情だった。




「私は変わりたくないんです。
 大切なんです、師匠も、目立も・・・」


「だから避けるのか?」



「・・・大好きなのに、大嫌いなんです・・・!!」



キッチンに努力の大声が響く。



「・・・知られたくありません。
 私がこんな醜い思いでいることなど」


「それを言わねぇ。気づかせね〜ってか」



初めて聞く声音で言葉を吐き出す弟を見つめ。次いで、
勝利マンは丸め持っていた新聞をその顔に突きつける。



「惚れるってのはな。お前が思う以上に醜くて、
 縛り付けてくる自分勝手なものなんじゃねぇのか」



言われ、努力は呆然とする。

そんな恋心しか二人に向けられないのなら、
こんな己が己で無くなるものなどいらない。



「溢れたもんは必ずどこかで顔を出す。
 いくら誤魔化そうとしても、な」 


「・・・もう昔と違うんです。

 私の隣にいられないあの人に全て打ち明けたところで、
 ただ足を引っ張り、苦しめるだけでしかありません」



新聞を片手で払い、兄に言う。



「だからこそ、今忘れなければならないんです」



諦める為に。



「それなのに・・・」



よりによってその洋一に、己を支えてくれた・・・
必要不可欠な、目立をとられてしまった。





努力はそう思っている。





仏頂面の努力と無言の勝利マンがキッチンから戻れば、
慎重に駒を運ぶ洋一相手に、友情マンがニコニコと
チェスのルールを口にしている所だった。



「そうそう。ポーンをずいぶん奥まで運べているね。
 このまま進み切れればプロモーション。

 つまり、最弱の駒であるはずのポーンを
 自分の好きな駒に変身させられるんだ」



自分が賭けていた秘策を余裕で見抜かれたらしい洋一が、
「なんか、おつきちゃんとやってるみたいだ」と肩を落とす。



「大変そうだけど・・・ここは逆転を狙うって事で!」


「うん。たださ、気をつけないとビショップとかに
 こう取られちゃうわけ」


ひょい、と無防備なポーンを斜めから
友情マンのビショップが倒す。



「ああ〜!!?」


「・・・このビショップって駒。
 動き方と言い、油断させちまうくせ者っぷり。
 似てるな、友情。お前に」


横から勝利マンが嫌そうに口をはさむ。



「そうかなぁ〜?」と笑う友情マンから再び距離をとり、
努力の横にさりげなく並ぶと、勝利マンは前で
賑やかに続くチェスの攻防を眺めたまま、低く呟いた。



「地球から逃げでもする気じゃねぇだろうな」


「・・・それがあの人の幸せに続くのならば」



吐き捨てるような小さなかすれ声で答えた弟に、
長男はチラリとも目を向ける事無く。



「お前の今のそれは、単に聞こえが良いだけだろ。
 まともに何も見ねぇで努力もせず、負け逃げするって訳か」



勝利マンは続けて「つまらん」、と言い残すと
努力を置いて友情マンと洋一の方へ行ってしまう。



「おう、そこナイト動かせばビショップ取れるぞ」



目前で声をかける口調とあまりに異なる、
己に浴びせられた遠慮のない物言いに努力は無言で唇を噛み・・・



「?!・・・ど、努力!」




後ろから聞こえた、驚き引きとめる洋一の声を振り切るように
努力は一気に兄の部屋を飛び出し、マンションから走り去った。







腰を浮かしたままその方向をただ見ている洋一に、
友情マンは努めて気楽な口調で話しかける。



「ね、もう今日止めにしようよ」


やっと少年の顔がこちらを向く。
そして、


「チェスに集中出来てない。違う?」



友情マンに雑念の見えるチェス盤を指され、
頬を一瞬赤らめた。

洋一は観念したのか一息に自分の荷物をまとめ出すと、
帰宅の挨拶もそこそこにテーブルから離れる。



「ごめん皆!!また今度ちゃんと教えて!」

「もちろんさ!」



玄関から聞こえてくるだけの声に、
友情マンは律儀に手を振って応え・・・

慌ただしい足音が完全に聞こえなくなるのを待って。



「・・・強めに言いましたね、兄さん」


へっ、と言われた勝利マンは鼻をならす。


「まだ甘い方だろ」




「どっちだと思います?」



友情マンが再び駒を指先に摘み、チェス盤をコツコツ、と叩く。

物足りないから付き合ってくれ、と言う合図に
勝利マンは「ったく」、と腰を浮かした。


テーブルにつきチェス盤を見るなり、
洋一の残した側の不利な状況に腕を組む。
使い勝手の良い強力な駒が残っていない。


動かぬままのルークと、ナイトが一つ。
そして数個のポーンがキングを守ってるだけのこちらに対し、
向こうはポーンはもちろん、最強の駒であるクィーンと
ナイト、ルークを一つ残している。



「気づいてない、と思いこんでる洋一君への怒り。
 可愛さ余って、って言うことで。

 色々あってもやはり洋一君、で」



言って友情マンはルークの駒を使い、
一気に勝ちに出始める。



「あいつは洋一の事分かってねぇ・・・っうか。
 勘違いしたまま、向き合おうともしてないからな。

 面倒見の良い目立に行くと思うぜ」



一つ残ったナイトを移動させようとした勝利マンの手を、
横から伸びた第三者の手がすっ、と押さえる。



「どちらも大切で。今言った所で、半端故に
 どちらも傷つけて」



唐突に静かな声が兄弟の会話に割って入った。

今の今まで本を眺め、一言も発していなかった天才である。



「結局、どちらも手に入らない」



初期位置から動いていなかったキングを持つと、
動かせる範囲を超え二マス移動。
ついでそのままルークをも移動させる。



「勝負どころを間違えれば、そんな事もありうるかな」



キングの横にルークがピタリ、とついた。




「キャスリングか」


勝利マンが呟き、
友情マンが小さく唸る。



横から手を伸ばした天才に、
勝敗の流れを変えられてしまった。



キャスリングとはキングとルークが初期位置から
移動せず、またその間に他の駒が存在しない事。
そしてキングがチェックされていない事。
その三つの条件を満たした時にのみ行える隠し技である。



本を読む片手間にそれを見つけた天才を、
ここは「流石」と言うしかないだろう。


友情マンが苦笑する。



「・・・しかし彼もついてないな。

 自分で気づかないうちに、こんな勝機を作っていたのに。
 それに気づかず、使えないままで負け逃げたんだから」



「さて・・・それはどうだろう?」



微笑み囁いた天才に、長男の眉が僅かに動くのを
次男は見た気がした。




「なんでいつの間にニ対一でチェスしてるんだか・・・」



本を読み終えたらしい天才が当たり前の様に勝利マンの
横につき、共にチェス駒を動かしてくる。



「まあ、そっちも二人だろ」



兄に言われてキョトン、と友情マンと一匹狼マンが顔を見合わす。

どうやらこのまま勝負を続けるしかないらしい。




後手の黒い駒を使う自分達は、綺麗に
引き分けを狙うことにするか。



困惑顔の一匹狼マンに片目をつぶり、チェス駒に手を伸ばす。





恋は駆け引き、と人はよく言う。





したたかさも、その手のズルさも知らない弟はどう動くのか。

あの子達のチェス盤は・・・一体どうなっていくのだろう。



盤の上に立ち尽くす、一方向にしか動けない
ルークを見て友情マンは肩をすくめると。






次いで、目前のチェスに集中し始めた。
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