話1

□リップの秘め事sideB
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「寒くないですか?」

 獄寺は隣に居る人物をのぞきこんで聞いた。吐き出す気体はしろくなった息なのか、それとも煙草の煙なのかよくわからない。相変わらず屈め気味の体制は崩さず、主の返事を大人しく待っているこの姿はまるで犬のごとくだ。
 獄寺と綱吉の身長差は、まぁそれなりにあった。だから獄寺からはどうしても見下ろす形になってしまうのだが、実は綱吉は案外この身長差を好んでいたりする。

「うん大丈夫だよ」

 そっスか!それは良かった!
 にっこりと笑む彼の笑顔につられ綱吉もまた微笑んだ。そして前を向いて歩く獄寺の横顔をちらりと盗み見る。
 獄寺は格好良い。イタリアの血を半分継いだそのきれいな顔立ちに、落ち着いた灰色の髪が良く似合っていて女子が騒ぐのもむりないなと綱吉は思った。

(気遣いとかしてくれて、獄寺君やさしい)

 防寒具がそろそろ必要になってくる今の季節、獄寺は毎日のように 寒いですか?お身体に障りはないですか? と聞いてくる。まだマフラーも手袋もしていない綱吉が先日不意に手が冷えるとぼやいた翌日、もちろんそれを聞き逃さなかった獄寺が近所中で買い占めてきたホッカイロを満足げな顔で主人に見せたものだ。いい加減過保護すぎやしないかと綱吉はため息をつく。しかし家庭教師は右腕にするにはそれくらいが丁度良いのだと言った。(いや右腕とかじゃなくて、っていうかボスになる気ないし。という綱吉の意見はいつものように流されるのだが)
 しかし、それにしてもだ。

(限度さえ知れば、獄寺君ってほんとイタリア紳士だよなぁ)

 問題ばかり起こす獄寺だが、彼はとてもたくましい。こうして見る背中は一層大きく見えて頼りになるのだ。守られることに慣れてしまった綱吉だったが、実感はしている。
 獄寺が綱吉を見るとき、とても大切なものを扱うような瞳であること。

(…オレってば大事にされてんなー)

 しろい息を吐き出す。彼を捉えた視界が曇ってしまうのさえ惜しい。
 そう思いながら獄寺を見つめる綱吉の視線が、時に熱っぽさを宿している。

(………ごくでらくん、)
「十代目」

 胸の中だけで唱えた言葉に獄寺が振り向く。綱吉は驚いた。切なげに呼んだ彼の名前に、本人が気づいたのかと。途端に顔が熱くなって綱吉は居たたまれなくなった。しかし心の内で言ったこと、そんなことあるわけがないのだと彼は心を落ち着かせる。綱吉の方を向いた獄寺は、またきれいに笑んでみせた。

「空気が冷たくなってきました。早い内に帰りましょう、お風邪を召されたら大変です」

 言いながら煙草の火を消す。そしていつも右側を譲ることのない彼が左側に移動した。自然にと装っているみたいだが、その動きは不自然だった。
 綱吉は知っている。こうやって獄寺が移動するときは、何か必ず意味あってのこと。車道側だったり日差しから影を作ってくれていたり。

「…そうだね、風も強くなってきたしね」

 移動した獄寺のお陰で寒風からの直撃はない。彼の背中を見て、守られていると綱吉は思った。そして顔が熱くなる。胸が締め付けられているようで、苦しい。
 相変わらずの笑顔を向けてくる獄寺に、綱吉は勘弁してくれと思った。

(獄寺君、どうしてそんなにオレに優しくするの?)
 そのきれいな笑顔だってオレにだけ。いつもその背中に守られて、オレだけが特別なんだって 勘違いしちゃうからやめてほしいのに。

 胸を締め付ける感覚は止まず、綱吉はぎゅっと自身の胸元を掴んだ。



 そう、都合のいい勘違いをしてしまうのだ。

(………君が オレを好きなんじゃないか って)





 綱吉の胸を刺すようにして 突風が吹いた。吹き荒れる風に、胸の切なさは一層強くなるばかりだ。





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