浅き夢見し恋せよ乙女

□雑音に消える
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「美雨殿、はろうぃんとは如何様なものなのでござるか?」

「え?」




ある日突然やってきた同居人が、ふと私に尋ねた。
ページを繰っていた指先の動きをピタリと止め、流行の服を着たモデルがズラっと並んでいるファッション誌から視線をあげると、声の主である幸村は先程あげた板チョコをもぐもぐと口に含みながら、不思議そうな顔をこちらに向けていた。

彼が今まで目を向けていたテレビ番組(彼曰く箱の中に住む小さな住人たち)はハロウィンの特集を放送していた。






「そうだ、今日ハロウィンだったね」

「だからそのはろうぃんとは一体?」






彼の生きていた時代ではまだ存在していない風習だから不思議に思うのも仕方ないことだろう。
この時代にやってきてから数ヶ月経つ今も外来語に慣れる様子のない彼のために、私はゆっくりと説明し始める。




「ハロウィンっていうのは、外国…つまり南蛮とか、日本の外の国から伝わった風習のことだよ」

「風習…何をする日なのでござるか?」

「そうだねえ…簡単に言えばお菓子が貰える日、かな?」

「菓子!?菓子が貰えるのでござるか!!?」






お菓子という言葉に反応し、途端に目を輝かせ始めた。
可愛い、と思うけど、それを言うと彼は顔を赤くして怒るので言わないでおく。
(まあ怒ったとしても可愛いだけなんだけど)





「そうだよ。仮装して近所の人とかをまわったりしてね。『trick or treat!』って言ってさ」

「と、とりっく、おあ…とりーと?」

「そう、『お菓子くれなきゃイタズラするぞ☆』っていう意味なの。まあいまどきそんな人は滅多にーーー幸村?」






見れば幸村は先程の表情とは打って変わり、ひどく深刻そうな顔をしていた。






「お菓子くれないと…悪戯、でござるか?」

「え、あぁ、うん、イタズラ」




気のせいかな、幸村若干震えてないかい?



顔も少し青くなっている。
「幸村?」と名を呼ぶとハッとしたあとに、彼の僅かに震えた口が言葉を紡いだ。







「……恐ろしいでござる、菓子を貰えないだけで悪戯など…。戦国でよくあった自分の思い通りにならない者は潰していくという卑劣な考えの名残が今も尚…!??」








どんだけ恐ろしい悪戯想像しちゃってんのこの子!!?









「ちょっ、あのね幸村…あ…」






誤解を解こうと思った。
…けれど何故か、それよりも先に私の頭に小さな悪戯心が起きた。



ちょっとだけからかってやろう、と。







「…そうなんだよねえ、まったく毎年毎年困ったもんよ」

「そ、そんなに酷いのでござるか…!!?」






思ったとおり、幸村は大袈裟といっていいほど反応した。
身体なんか捨てられた仔犬みたいにぷるぷるしてるし。

それがおかしくて今にも吹き出しそうになったけど、なんとか堪えて返事を返す。





「まあね。だからこの日は必ずお菓子を準備してるの。イタズラされちゃたまんないからさ」




そしてタイミングを計ると美雨は言った。







「ねえ幸村、」

「なんでござろう?」

「trick or treat☆」

「!!!??」






同時に幸村の喉がゴクンっと音をたて、喉仏が大きく上下した。


別に、驚きのあまり息を飲んだ。
とかそういうものではない。
彼の手にあった板チョコの最後の欠片が、たった今彼の喉の奥へと飲みこまれて行ったのだ。





「ねえ幸村、お菓子ちょうだいよ」

「あ、え、お菓子……ないでござる……お菓子、お菓子…」





イタズラがよっぽど酷なものだと想像している幸村くんは、拙く声を発しながら必死にお菓子を探し出した。
けど絶対に見つけられないと思う。






「ない、お菓子…何処にあるのでござるかああ」






家にあるお菓子を出しっぱなしにしておくと、いつのまにか幸村が全部空にしてしまうもので、お菓子類は全て幸村に見つけらないような場所に隠してある。
よって、彼が私にお菓子を渡すことは不可能なのだ。
さて、仕打ち(※イタズラです)はなんとか避けたい真田源二郎幸村くん、どうする。





「うぅ…ないでござる……!!」





お、なんか見つけたのかな。
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