浅き夢見し恋せよ乙女

□ごめんねなんて
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誰にも渡したくなかったんだ。
俺だけのものにしたかったんだ。

けれど彼女は、俺のちっぽけな力じゃ捕まえられるはずがなくて、
心はいつのまにか手を伸ばしても届かないくらい遠くにいて、
身はこんなにも近くにいるのに、そんなかけ離れた距離があまりにも悲しくて、
目の前に立ちはだかる現実が苦しくて、





だから、





だから。








「こうするしかなかったんだ」




俺の腕の中には苦しそうに顔を歪める彼女の姿。
足元には真っ赤な液体が大きく染みを作っている。




「さ…け……」




口から漏れる声はうまく言葉になっていない。
俺は彼女に微笑んで言った。




「大丈夫だよ、もう少しで楽になれるから…」




でもあまりに可哀想だったから腹部に刺したままだった刀をズルっと抜いてあげた。
声にならない声が彼女の唇を通して俺の鼓膜を震わせる。
量を増した彼女の生の証は、引き抜いた刃を伝い俺の手へと滴る。


こんなただの液体でさえも、彼女のものだと考えると愛しくてたまらない。




「美雨ちゃん、愛してるよ……」




液体に染まった手で彼女の頬を優しく撫でると、彼女の白い肌は赤く色づけられた。




ああ、なんて綺麗。




「さ……す……け…」

「なあに…?」




彼女は残っている力を振り絞って俺の身体にしがみついた。
今にも閉じてしまいそうなその瞳には俺だけが映ってる。




「さ、す……け…」




ーーそれは、一瞬の出来事だった。



痛みで歪んでいた彼女の唇は弧を描き、目は細まる。
その拍子に溜まっていた涙がツウっと頬を伝っていった。




「               」

「……え…」




僅かに唇を動かして最後。
彼女はピクリともしなくなった。
触れた肌の温もりは徐々に失われていく。




「美雨ちゃん、なんで、なんで…?」




聞いたって答えは返ってこない。
当たり前なのに俺は何度も同じことばを繰り返す。




「なんでそんなこと言ったの…?ねえ、なんで…」





涙は出なかった。
自分が一番わかってるから。

彼女はもう二度と、戻らないんだっていうこと。

血にまみれた彼女を抱きしめて俺はポツリ呟いた。




「そんなのおかしいよ…」




ごめんねなんて
(君はどこまでも)
(優しくて)



END.

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