浅き夢見し恋せよ乙女

□知らない貴方を
1ページ/2ページ


私の髪を撫でてくれる彼の手は大きくて、温かくて、それでいて優しい。
その時、向けてくれる笑顔も柔らかくて、
そんな表情を私以外に向けているのを見たことはないと小十郎さんは言った。


私は彼を愛しているし、また彼も私を愛してくれている。
その事実に偽りなど全くない。

けれど、時々考えてしまうのだ。
私は彼をどこまで知っているのだろうか、と。







「んで、俺の元に来たってわけか」
「はい…」



よく晴れたある日の伊達領。
その一角に位置する小十郎の畑でふたつの声が交わっていた。



「しかし、なんでまたいきなり」

「あの方は私のことをなんでも知っていらっしゃる。
けれど、逆に私はお城にいらっしゃるときの政宗様しか知らないのです」



それが少し悲しくて。
寂しくて。



「戦場に連れて行けなんて無理なお願いはしません。
だから、せめて知りたいんです。
戦場でのあの方のことを…」




一国の姫として生まれ育った私は戦の『い』の文字すら知らなかった。
誰も教えてはくれなかった。
けれど、戦から帰ってくる父を見るたび感じていた。
戦は、悲しいものなのだと。



その中になんの戸惑いもなく飛び込んで行くあの人は、
一体何を思っているのだろう、あの瞳に何を映しているのだろう。

そこには私の知らないあの人がいる。





「どうか、教えてくださいまし…」

「…そうだな…戦場での政宗様、か…」




彼女のいつになく真剣な顔に、小十郎はぽつりぽつりと話しだした。
美雨も、それを一言も聞き逃すまいと
隣で小十郎の声を静かに聞いているのであった。








○●○●○●○●



「…とまぁ、こんなもんだ」



一通り話し終え小十郎は一息ついた。
その隣で、今までずっと黙っていた美雨が不意にぽつりと呟く。



「悲しく、ないのでしょうか…」

「?何がだ?」

「たくさんの人が死んで行くのに、自分も常に死と隣り合わせなのに…
怖くは、悲しくは、ないのでしょうか…」

「まぁ、そうなんだが…」




美雨の言葉は最もだった。
目の前に死んで行く敵、友を見て死を恐れない者などいない。
だが、それでも自らの足でその地を駆け抜けて行く。
それが伊達政宗という男だ。




「政宗様は、人を殺すのが、お好きなのでしょうか…?」

「まさか」




そんな主ならば自分は背中を守り続けてくることなどなかっただろう、
人を殺すのが好きな輩など何処かの某軍武将で十分である。




「殺すのが好きだなどと、そんな考えあの方は持ち合わせていねえよ」

「では、なんのために…」




言葉にして表しにくいのか、はたまた言いにくいことなのか。
小十郎は少し間を置くと言葉を選ぶようにゆっくりと言った。




「民のため、国のため…あの方はそういうお人だ」

「民と、国のため…?」

「あぁ、確かに戦が起これば沢山の人間が血を流す。だがな、
この乱世を終わらせない限りそれはいつまでも続いていくことになる」





殺すために戦っているんじゃない、守るために戦っているんだ。





今も何処かで流れているであろう民の血を、涙を。
少しでも早く世に平和をもたらすために、彼は迷うことなく戦いを選んだ。


知っているのだ、平和の陰には沢山の犠牲があることを。
自分には血を流してでも守らなければならないものがあることを。





「…それともう一つあるとすれば、アイツの存在だろうな」

「あいつ、とは…?」

「他国からは紅蓮の鬼とも呼ばれる、甲斐武田の将、真田幸村だ」

「真田、幸村…」




名は聞いたことがあった。
しかし、名前だけでそれ以外は何も知らない人物。



「その方は、政宗様のなんなのでございますか…?」

「ん?あぁ、アイツは…政宗様の好敵手、とでも呼ぶべきか…」

「好敵手…」

「そうだ。俺の知る限り、政宗様と対等に
刀を交えることのできる輩はアイツしかいねえ」




俺は政宗様の背中を守っているが、
アイツは政宗様と真正面から刀を交え続けている。
俺よりも、アイツのほうが政宗様の戦場での姿を知っているのかもしれねえな。



小十郎がそう言うと美雨の体はピクッと揺れた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ