浅き夢見し恋せよ乙女

□残された甘さは
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「別れて、くださらぬか」


いきなりそう切り出されてきた言葉に私はポカンとした。


「え?」

「別れて、くださらぬか」


私の洩らした言葉は、先程と全く同じ文字たちによって返ってきた。



とあるカフェ。
ここのスイーツは女の子だけにとどまらず、幅広い範囲で人気があった。
美味しいあまりに週一で通っている人もいるとかいないとか。

週一まではいかないが、私もそのスイーツの虜になってしまった一人。

ここの美味しいよね、ってよく二人で訪れていて、今日もそのうちの一日のはずだった。
なのに、まさかここで別れ話とは…




頼んだ人気No.1のショートケーキは美味しくて、再び口に運んでしまいたかったけど、ひとまず手を動かすのを止め幸村へと視線を移す。




「えっと…まず、理由は…何?私のこと嫌いになった、とか?」




すると彼は首を振った。



「美雨殿のことは好きでござる。しかし、美雨と共にいるうち、部活に力が入らなくなってしまい…
部のエースを担う身、一本に集中しようと思った次第でござる」

「そっか…」



私より部活か…
そう言おうと思ったけど止めた。
言ってしまえば、自分が余計に惨めに思える気がしたから。
自分が思っている以上に嫌味な言葉を彼に返してしまうような気がしたから。




「ふたつとも、両立できたりはしないの?」

「…申し訳ない」

「即答しちゃうか、そこ…」



乾いた笑い声が洩れた。
あまりにも不自然な、感情のこもらない笑い声。
泣きそうな顔を無理して笑わせた。

もし今、目の前に鏡があれば、ひどく滑稽な表情をした自分と顔をあわせることになっていただろう。





ふたりの暗い沈黙なんて、まるで知らない賑やかな店内。
周りの客はみんな笑ってるのに、自分は今にも泣き出しそうな顔をしてた。
口の中に残ったケーキの甘さがいやにはっきりしていて、
それがとても切なくて。





これ以上この場にいたら辛くなるから、と幸村はお金を置いて店を出て行った。
彼がそんなこと本当に思っていたかどうかなんて
今の自分にわかるはずなかった。

空いてしまった向かい側の席。
今までそこにいたはずなのに、その席は最初から誰もいなかったかのように静かな空気を漂わせている。





どんな思いでそこに座っていたのだろうか。

彼は決めていたのだ。
今日、この場で、

その言葉をいつ発しようかと私の向かい側、いつものように笑ってた。
何も知らずに笑う私の目の前で彼はただ笑ってた。
笑ってた、のに…




「っ…」




思わず俯かせた顔。
その視界には先程まで夢中で食べていたケーキがポツンと残されていた。



食べるの、途中で止めてたんだっけ…



ゆっくりとフォークに手を伸ばすと、残ったケーキを一口大にきり口に運んだ。


堪えていた涙が後から後から溢れ出してきて頬を濡らす。



おかしいなぁ…



涙を零しながらも口を動かし続ける。



甘さが控えめで美味しいって、聞いてたんだけどなぁ…




そう教えてくれたのが誰だったのかも、その人がどんな顔をして笑っていたのかも鮮明に蘇ってきて。
伝い続ける涙は、もう止まらない気がした。



『ここのショートケーキ美味しいんでござるよ!!』



嬉しそうなその声が何度も頭の中を駆け巡っていく。



わかってた。
最近、様子がおかしかったのも、原因がなんなのかも。
私が目を逸らしていただけで。
信じたくなくて、私が逃げていただけで。




しょうがないよ、幸村にとって部活は何よりも大切なもので、
そのときだけ見せる笑顔が
とてもかっこよくて、
そんな彼に、私は心を奪われたから。
幸村が頑張ってくれるならそれで…



自分で自分に言い聞かせた。
けれど、その言葉たちはなんの意味も持たず、ただ気安めのように私の頭の中に響いていた。






「っ…なんで、かなぁ…」





口の中のケーキは酷く甘い。




END.


幸村のつもりでしたが、名前and台詞すら
あまり出て来ずorz
まぁ、なんとかなったからいいや☆爆

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